上手くいかなかった・・・。

 「これまで英語を勉強してきたけど上手くいかなかった」という人向けの完全英語攻略プログラムだそうである。その実態を知らないが別段知りたくもない。そもそも「英語を勉強する」とは具体的にどういうことか?語学に堪能な人間では決してないので、英語の点数が高くなければ昇給できない会社に勤めているわけでもないし、来月から海外支社に転属するということでもないから、気楽に英語を捉えているのかもしれないが、英語に対してそれほど構える必要があるのか?ということ。「上手くいく」とは最終的にコミュニケーションをとることだから、英語が上手くてもコミュニケーション能力が低ければ、もっと言うと、ビジネスコンテンツを持っていない上、コミュニケーション能力も低い、しかし、英語を上手くなれば、なんとかなると思っているとしたらそれは間違い。だが、このような「これまで英語を勉強してきたけど上手くいかなかった」と痛感している人達の90%がこの手のタイプじゃないかな。そもそも、手に技術もセンスも経験値もモチベーションもポテンシャルがないのに、なんとかしたい!が「英語を上手くなる」だとしたら、英語が上手くなる前にもっと上手にならねば、非凡な何かが必要なんじゃないのか。SNSで無駄なコメントや「いいね!」を集めているだけのログや無料ゲームやオンラインの仮想空間に没頭できる時間とモチベーションを持っている人達って、リアルな現場でリアルなレスが少ないから呼応するだけで何か生産的な活動をしていると勘違いしている。仮想空間に一喜一憂していることなど本末転倒の「末」でもなければ、竜頭蛇尾の「蛇の尾」でさえもない。人の心の痛みが分かる人間に・・・と教育現場の人は連呼するが、杓子定規に「心の痛み」とはなんですか?すべて「上手くいかなかった」からと、これらの安全牌な仕組みで時間を浪費するよりも、ガチのコトでリアルをゲットしなきゃ!と常々自分自身に言い聞かせています。

 「いいね!」が多いと気持ちいいが人間の心の構造だが、実は、その先がとても白くぼやけている。恐らくこれを創った人間の心と同じように・・・。