商店街が何故滅びるのか?

 という若手社会学者が商店街の誕生から繁栄、衰退に至る経緯を豊富なデータとともに解説している書籍がある。商店街が20世紀初頭から始まった都市化の流れの中で誕生したという見方は新鮮。零細な商店街の集積である商店街が「よき地域づくり」のために発明された近代的な人工物であるという視点で紐解かれているらしい。それがなぜ今日のような姿になったのか。戦後の社会の工業化から都市部での自営形態の増加、そして、小規模であったことが家族経営であったがための経営力の近代化を遅らせたとしている。一般的に商店街が衰退したのは出店規制が緩和され郊外に大手のスーパーなどが進出したからだとされる分析が多いが、実は、商店街が既得損益を追求して政治団体化し、一般市民に理解されなくなったことが原因であると指摘している。う~ん、なるほどなるほど。

 で、再生の道はあるのか?となるが、高齢化が進む中で地域の拠点となる消費空間は必要だとしても地域社会が土地を管理する新規参入を促すことを提案する流れになっている。やる気や才覚が商売の原点であることを回帰すれば何が必要かフォーカスできる。結局、村文化のいい面と悪い面が走馬灯のように駆け抜けたということだろう。社会のニーズが捉えられなくなった場所で昔ながらの取り組みを高齢化したブレーンが何をどうしても前に進むはずがない。それで前に進めるほど現代は単純ではないということだろう。結局のところ、大手も商店街もそれに携わる運営者のポテンシャル。小さい国の小さい文化を尊重するか再構築するかという分岐点があったはず。それを黙認したことが現状に繋がっている。つまり、原因があるから結果がとなって表出しているのだろう。

 理想論を語り過ぎ、古き良き時代の清く正しく美し過ぎる達成感や成功体験に依存しているからそうなるのである。変容を受け入れ、ポテンシャルを見極めろ!とこの著者は言っているような気がする。