生真面目の落とし穴。

 心の健康法というテイで。私自身、まじめな人間だとは思っているが、さりとてとことんまでまじめな人間でありたいとは考えていない。これはどの段階からそうなったかというと、高校時代の部活あたりから。いわゆる高校野球の練習は半端ではない。早朝から深夜まで平気で練習をする。一般の高校生が電車で通学している時間よりも早くグランドに付いて朝練習。授業を受けてからライトの中、もしくは体育館で練習練習。普通、軍隊でもなければこんな経験はまずないだろう。他のスポーツの自由な練習風景を羨ましい気持ちで見ていた記憶があるが、さて、そのような状況になった場合、生真面目な人間はとことんまでやる。ケガをするまでダウンするまで病院に行くまで。これがエンド。しかし、上手くこなす人間はどこかずるい。一生懸命汗を流していますっていうテイで実は80%ぐらいのテンションを維持する。のこり20%は他のことを考えているし、自分自身の体力や気力の限界には行かない。これは中学生の頃の陸上の練習でとことんまで行ってしまった反省を踏まえている。なにも県大会や国体に出場できるような選手ではないのに、自分の限界を目指す必要はなかったが限界地点まで行くことが多々あった。結果、両足はどうにもならなくなり、大会に温情で出場させていただき、惨憺たる結果。涙が出るという騒ぎレベルではない。想定内のなさけなさmaxで、「一生懸命とことんのとんまで練習したのに、なんでこんなことになるんだ・・・」と出口が見つからない閉塞感に見舞われた。それで学習して「とことんモード」は簡単に出さないようになった。そこには「生真面目の落とし穴」があることを知ったからである。

 そして、仕事ではこの「とことんモード」はどう機能するか?緊張と緩和のバランスこそが継続性のある能力であり、注視することと俯瞰で捉えるパラレルな見方で臨むようになる。しかし、デザインの仕事を始めた新宿の頃の2~3年は完全に「とことんモード」全開だった。すると、いつしか、自分の状況を俯瞰で見ていたことで確実にいろいろな能力を会得している自分が見えた。すると、突き進むだけが能力ではないことを知る。これが「チャンネル5」の真理である。

 生真面目で素直で純粋な人は意外と「限界点」が低い。それを知っているから自分の限界点を常に模索して探究して時間を浪費する。時にはやみくもに突き進む基礎体力が必要だが、それで絶対に走り続けることはできない。「つぶれる」までやる真理の裏には「自分は努力していますポーズ」が介在している。それが自分自身で判断つかなくなると軸足を失う。自分はどういう人間なのかが見えているようで見えていない。すると、必然的に結果が伴わない。モノゴトは陰と陽。光と影なのである。

 余談になるが、過去の戦争の歴史で日本人の戦い方はまさにこれだったそうだ。国のために自分の命を投げ出す覚悟を簡単にしてしまうポテンシャルの低さ。これを海外の戦争相手はとても警戒したそうである。生真面目な愛国心とは実は慣習だったのだ。そして、皆がそのテイだから疑問視はしない、できないが常。だから、片道の燃料で爆弾といっしょにテイクオフするのである。これは武勇伝としては美しいが真理としては見苦しい。

 人生にも仕事にも生命にもゴールはない。「死」はゴールではないし、ビジネスの成功も失敗もゴールではない。そもそも、人生のゴールを設定しましょう的な書籍は見苦しい。あなたのゴール設定はあなたのモノ。それを詳しく紐解いてはいるが、真理は恐らく対極にある。本を出したことをゴールです。年商が何億ってことがゴールですとテキストにしただけで小さいゴールの定義のパッケージ。職を失ってもアイデンティティは失わないと思いたいが、この両者、実はかなりの密度で相関性が高い。これも実は生真面目の落とし穴。だから、ふまじめに適当に何事も置きにいきましょう!と言っているのではなく、適正な自分らしい軸足と社会規範とモラルに順応した能力がなければ、有意義な人生が成立できないのでは?という危機感のお話。さりとて、私自身はどうか?この方程式を生真面目に実践しているのですか?となるとそうではない。だけど、肝に銘じているのは「チャンネル5」。ずっとここに固定ているわけではなく、いつでも誰よりも早くチャンネルmaxの10にできる、そして、いつでもリセット可能なチャンネル0に瞬時に切り替えられる「チャンネル5」でありたいと願っている。

 そのために、絶対に貪欲さとずる賢さは失わない。真面目な人はそれを「悪いこと」と捉えて自分の立場を誇示・固執するが、それは不器用・器用で言えば、不器用になる。しかし、器用な人間は奢りを纏ってしまいがち。時には不器用な方が有利な接点を獲得するチャンスが多いこともある。だから、そのサインを誰よりも早く見つけるためにも、チャンネルは5である必要がある。と、言い切ってしまうこと自体、落とし穴かもしれないが・・・。例え地中に埋められても、煙草のケースで土をかきながら地表を目指せばいいじゃん!サリーのように。