世界を敵に・・・!?

 ふと、テレビを観ていると、どうしてもツッコみたくなるフレーズがいくつかある。それは、特にイマドキのJ-POPSというカテゴリーの中に目立つのですが、いわんや、AKBや韓国勢やジャニーズ系は最下層を浮遊していればいい程度で瞬殺にしてもう無感覚に近いのですが、人気デュオやちょっと雰囲気重視のふわっとしたタイプの歌手(決してアーティストは呼びたくない)が誰からか提供された楽曲を着飾って、ライトアップされて、マイクを握るというテイでのお話です。

 そんなクラスの人間が仮にも自作の歌詞だとしても、「世界を敵に回しても・・・」というフレーズは重すぎる。よくそんなことを思いつくな!という感覚。これもボキャブラリーの問題かもしれないし、間違いなくボキャブラリーの問題なのだが、聴き手も聴き手、「世界を敵に回しても君を・・・」みたいなフレーズが耳に引っかからないのか?よくよく考えたら、ええっ!どれぐらいの世界を敵に回すのか?とツッコみどころが巨大過ぎて麻痺してしまうぐらいのなんでやねん!というヤツである。高々誰かを好きになったぐらいのテイで、何も世界を敵にまわさなくてもいいだろう・・・みたいなことは、やはり、冷静に考えられなかったのだろうか。いや、それほど、熱くメッセージを綴りたかったのだろうが、もっと、他にそれならそれで適正なフレーズは無かったのだろうかと・・・。世界ですよ世界。サイバーテロやデモを先導しているアジテーションかい!って思ってしまった。し、それを聞き流せるってかなり神経系の麻痺がひどく蔓延していないかと。そりゃ、「毒になるテクノロジー」という書籍に反応してしまうわけ。

 で、他には「星に願いを・・・」とか「月に願いを・・・」というフレーズも気になる。冷静に捉えると、そもそも、その願い事とはどれぐらいの願い事?誰かが私を愛してくれるように願うのか?ドバイで自社ビルを建てたいと願うのか?宇宙飛行士に選ばれたいと願うのか?で、そのベクトルは変容する。まぁ、歌の世界レベルだから、「星」や「月」が分かりやすいのだろうが、そんな時、絶対に、「木星」に願うことはしないだろうし、「アンドロメダ星雲」に願うこともしないのであるから不思議。一般的な感覚として、何かそこそこの願いをする時に「星」とか「月」にしておけば、丸く収まるというセオリー的なことなのか。

 さらに、「永遠に・・・」というフレーズも使用活用頻度は意外と高い。しかし、日常会話ではあまり登場しないが、こと上記の緩い歌手達はこれを連発する。「永遠の世界」「永遠に君を想う」「永遠に続く道」って、そんなのは科学的にどこにもない。100億年が永遠と捉えるのか、100年を永遠と捉えるのか、適正値はその歌詞を創った人の感覚に依存するが、例えば、1000年を永遠と捉えている歌があったとして、歌詞の内容や状況や伝えたいメッセージがある設定で「永遠」は1000年なのか?と捉える。すると、それを聴いている人達(ファン)の中でいつしか永遠の尺が「1000年」になったとして、「永遠」の定義が1000年でいいのか?とならないのだろうか?

 「世界を敵をまわす」「星や月への願い」「永遠」、非常に魅力的なフレーズだが、よくよく考えると、やっぱ、なんでやねん!となる。ほらほら、SNSに日々呆けているH.N.さん、なんかツッコでみな!?