美容と健康というテーマ。

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 動いていない人よりも動いている人がカッコイイと思う。さらに、動くならゆったりよりも素早い方がカッコイイ。さらに、素早いなら自己完結よりも対峙して何かのチャンネルで秀逸な方がカッコイイ。ではどのジャンルでどのチャンネルがカッコイイと感じるか?は個々に個性があっていいと思います。で、武術と言えば、中国という安直な発想から、その歴史や歴戦のマスターをネットでリサーチしているのですが、意外とネットの中の情報は野暮い。あまりこの「カッコイイ」というスマートなニュアンスとは程遠く、どちらかと言えば、頭で考え過ぎて「私は強い。」「私は一番です。」「彼は彼女こそがマスターだ。」的な情報のディテールが多い。これでどのよに強い強かったは理解できるが、印象としてニュアンスとして「強い」が伝わってこない。さらに、「カッコイイ強さ」となると、皆無である。これは、ネットで検索しているから結果、ディテールが希薄になっているのだろうか。テレビがネットに勝ったの負けたのというテーマが氾濫しているが、デバイスの情報のディテールの味気なさをリアリティーの臨界点だと誤解しないように、常に情報のニュアンスやディテールやマテリアルを分析しながらインプットとアウトプットをしたいものです。

 で、「強い女性が美しい」のか「女性だから強いことが美しい」となるのか「美しいから強さがひきたつ」のかなどと論法をいろいろ組み替えてみるが、なかなかこのループは掴みどころがなく、帰着点が見つからないが正しい。と同時に、ネットの情報であれ、SNSの口コミネタであれ、リアル井戸端会議のTIPSであれ、自分の中にある情報を他に伝える場合、素がいいのか?脚色が必要か?という判断はどんな分野のビジネスにおける販売促進にも見られる側面である。世の中の女性は「美」に対する代価は惜しまないというテッパンのセオリーがあったとしても、「美」を追求している生物は選択肢も多いだろうし、見極める視力も眼力も高いはず。そこへ情報を投入する場合は下手な脚色よりも素がいい場合もある。これがベタな話、「美」以外のカテゴリーでも同じ。料理を訴求する、家を訴求する、サービスを訴求する時にその商品の特長をどのように伝えるかで伝わりののびしろが大きく異なる。この「素と脚色」の部分で言うと「脚色」の部分が「デザイン」となるから、これらのことをしっかり理解して「素(素材・魅力・ポテンシャル)」を「脚色(調理・加工・クリエイト)」しなければ、「食えない一品」になるのでしょうね。美味しい魅力的な料理をするためには、やはり、「美味しい料理」を自分のモノサシ(味覚)でより多く得ている必要がある。

 で、その先に「強い」の方程式があるように思います。