ミニが出たが・・・。

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 例のiPadにミニが出た。で、このタブレット戦争はいったいどこでひと段落するのだろう?どこまでも行くのかどこかでまた別のテクノロジーが登場するのか?それとももうそれはいくつかプロトが用意されているのか?そして、市場に開示するタイミングだけを待っている???ノートブックスタイルで、画面が外れタッチパネルとキーボード仕様のPCもあるらしい・・・。さてさて、人間の欲とそれを創る人の探究心・研究心はどこまで変容するのだろう。これらを考察するとやはり売り手の市場なんだと思います。「スマホは便利で多機能」とインプリントされている人達は多いが、そもそも、便利を手にするとはどういうことか?有効に活用できているできていないではなく、コレクションとしてステイタスとして、または、参加チケットのテイでそれを持っているからの「安心」を「便利」と誤解している節があるように感じる。電話は電話でいいじゃん、アプリはあるから使うけど、それは「便利」とはちょっとニュアンスが違う。誰かが使っているから私もというベクトルが「便利」だと勘違いすると、使う人のポテンシャルはどうでもよくなることが恐ろしい。そもそも、便利とは使う人のポテンシャルにマッチすることが最大ののびしろ。簡単に操作できるツールを「使いこなす」「活用」「効果」とは言いにくい。つまり、全てが最新機器でフラット化しているから、いわゆる「頭ひとつ」が出にくい構造になっている。というか、売り手に操作されて、「頭ひとつ」飛びぬないように啓蒙・教育・洗脳されていると言う方が正しいニュアンスになってはいないか。そもそも、ツールを使う時は目的がある。しかし、その目的も用意されて、達成感の共有ありきでは、それを果たしてツールと呼べるのかという疑問のレイヤーが上に来ていると思う。

 ミニが出た。さて、これを買う人はどういう人だ?本当に便利だと感じる人か?仕事や趣味に活用したいとヨコナラビの価値感に浸りたい人か?いやいやガチで活用していると信じて病まない人か?いやいや、そうではないような気がする。それを購入する余裕があり、これを便利だと感じる時間があるコレクターが買うだけのような・・・。だから、デザイン性とアプリはフェイクでもうすでにツールではないのだろう。もしかすると、iPadが何かクリエイティブな作業をするリサーチをするエンタメをエンジョイする道具だと思い込んでいること自体、このスタートラインが先入観なのかもしれない。