ポジティブ。

 「ポジティブな人」という語感には行動的で発想が豊かで柔軟で豊富で協調性がある・・・という意味合いを強く感じるが、意外とこれはケースバイケース。「いい人」の定義も優しい大きい温和である親切であるということになるが、これも意外とケースバイケースである。人間性を算出するモノサシって人それぞれですし、なんだかよく分からないが信頼できる人もあれば、雄弁で余裕があってもどこか信頼できない人もいる。つまり、人を査定するのは非常に難しいということ。ある側面ではポジティブでもある側面でびっくりするぐらいネガティブな面があったりと・・・。樽にいっぱいの高価なワインも一滴の毒をいれるとそれは樽一杯の毒になるという論法もあれば、その毒を適正に調整して薄めることで薬にもなるという論法が裏に走っている事実。つまり、毒と薬の関係について、毒にもならなない、薬にもならない人ってのにはできればなりたくない。すると、別に他人に「ポジティブだなぁ~!」でも、「ネガティブだなぁ~!」でも、どう思われていようがいいんじゃない!?となる軸足と、できれば、ドンビキされるより、友好的な関係でいたいというジレンマの振幅のサジ加減が非常に難しい。これが常に一定ならばモノゴトは簡単なのだが、そうもいかない。気持ちや心地は常に変化しているから、苦しくもあり楽しくもある。人生、山あれば谷もあると昔懐かしい論理があるが、下手すると、山が苦しく、谷が楽しくなる場合もある。そんなとき、さぁさぁ、どっちなんだい!と言われると、やはり、いろいろなニュアンスを含めて「ポジティブ」でいたいと思う。でも、その答を出した瞬間に、また、一周回りはじめるこの感じ、これって一体何なのでしょうね?歴代の有名な人達がそれぞれの視点で結論めいたことが言葉として残っているものの、さてさて、それはあなたのサジ加減で、そんなに人間は簡単ではないとならないのかな。これは、答が出ない思考の方程式だから、円周率みたいもの。割り切れないが人ならば、公式の数でIDは決められない。でも、ポジティブな人間はそれでも「誤差」や「捻じれ」や「摩擦」や「沁み」や「傷」といい関係を築くんだろうな・・・。偶像の影の部分に真理がありそうですね。