強い絵。

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 強い絵ですね。もう、こうなると手法や戦略や感覚や技法などどうでもいい。それらはあとからどうにでもなることだから、まず、なにがなんでも背負っているものを絵にするということ。これが絵をどこまでも強くする。上手いとか下手とか小学生レベルのお話はこの場合通用しない。よく、「自分の世界観」という言葉を若い人は多用するがそれは幼稚園レベルのお話。また、「アートな街に・・・」とかいうフレーズもフレーズだけ一人で放浪していることがよくあるが、これはヨチヨチ歩きレベル。アートが街に溢れるわけないじゃん!それはアートではなく、shitじゃないかな。

 強い絵が描けるようになることが絵を志した者なら誰もが通りたい一つ目の門だろう。その中に入れた人間だけが「絵」を共有できる。入れない人、入らない人は、門の外でそれらを鑑賞していればいい。余計な批評や蘊蓄は門の外で自由に交換すればいい。だが、一旦その門をくぐれば、想定以上の何かを背負うことなることも現実的な問題。それは簡単に放棄できるが、二度と、門の中へは入れない・・・みたいな。

 のりまき先生、こんな感じでいかがでしょう?