しあわせの指標。Shit!

 「世界のしあわせ紀行」というエリック・ワイナー著の書籍がある。この著者はアメリカ人のジャーナリストで、「幸せ」とは何であるかを求めて世界を旅されたらしい(世界を旅できるというだけですでに幸せですが・・・。)。オランダ、スイス、ブータン、タイ、インドなど10カ国。旅に出る前は「幸福をどうやって測ればいいのか?」という問題にぶつかっていたと。幸せとは感じ方であり気分であり人生観だからなかなか数値化できないということだった。(まぁ、その通りである。)「あなたは現在どのぐらい幸福に感じていますか?」という質問方法がその道の研究者のあいだでは過去40~50年繰り返されているらしい。その答は非常に正確らしい。その反証は「幸せな人は必ずそれに気がついている」という研究結果があるらしいのである。スイスで一人の医師に会い、「スイス人は幸福の最大の的が嫉妬だということを本能で知っている。」という洞察があり、「お金について話すことをとても嫌う。」らしい。「国民総幸福量」の理念をもつブータンでは一人の学者に出会い、彼は幸せが金で買えることもあるが、その考えは捨てるべきだと主張したらしい。お金は目的を達成するための手段であり、目的そのものと考えてしまうところに問題が生じる。と。「幸福は人と人との関係」にこそ成立すると考えているらしい。アイスランドでも「嫉妬」という言葉が登場したらしい。スイス人は「嫉妬」を抑え込むのに対してアイスランド人は分かち合うことでそれを消すという。「嫉妬心」「お金」「人間関係」あたりが、幸せを測る重要なアイテムのようであると著者は言っている。すると、「煩悩」「執着」といった欲求に関するベクトルについて、アメリカでは「希望を高く持つことが、幸せの追求そのものだとさえ考えられている。」となるが、一方で「私には登りつめるべき頂上はありません。」と説く。つまり、欲求を持たない方が嫉妬心は生まれず、お金にも執着せず、人間関係も良好となり、幸福感が増すという論法である。「つかのまの心の平穏」こそ、大切だと説いているらしい。きっと、答は一つじゃないのだろうが、実は誰しもそれを知っているのだろう・・・と著者はこの書籍で紐解いているらしい。

 で、ここで、「幸福」と「旅」の関係に注目したい。同じ場所で日々同じ代謝を平衡していると、上記のように、「嫉妬」も「執着」も生まれないはず。しかし、「変化」「変容」を受け入れてこそ心も魂も脳も身体も活性化するのだから、活性化することで人との関わりに自分自身をリフレクト(反照)させてこそ、それが見えてくるという仕組みだろう。光と陰について矢のごとしと最初に言葉にした人はほんとエライ。それが言わば、「幸福のモノサシ」になっているとかいないとか。