リバランをひさびさに。

 ひさびさにDVDコレクションの中から「リバラン」を観た。フライフィッシングのお話であること、ブラッドピットの若かりし輝きの刻印作品であること、さらに、奥様であるアンジーの実のお父様との共演であるということなどなど、この作品の質量は高い。自分の中で高いだけであって、他の一般の感覚は分からないが、やはり、好きな映画を100本セレクトしたらこれは必ずBEST100に入ってくる映画である。淡々と流れる川のように物語は流れる。ぎこちなくフライフックを結ぶ映像から川面の映像までマクリーンファミリーの物語は心に響く。もう何回も観ている映画なのに、観る度に心への響き方が異なるのは何故だろう?決してテーマも手法もビジネス背景もごり押しはない。ただ美しい自然と川と魚、そして、家族という視点で物語は進む。しかし、そのワンシーンワンシーンが心に響く。そもそも「釣り人」というモチーフが最初はこれほど心に響くのかと反芻した時期もあったが、決してそうでもなさげである。ラストシーンで「私は川に心を奪われている。」的なコメントがあるが、その言葉の意味は非常に深い。その川をあの存在感で駆け抜けたブラットピット。やはり、いろいろなタイミングが交差しながらも、それが必然のようにパズルの最後のピースのようにその存在には意義がある。

 さて、今読んでいる書籍の中に「舟を編む」がある。勿論、しをんさんの作品である。来年に映画化が決定している作品であり、書籍が発行された時から書店に並んでいるのはチェックしていたが、それまでに読みたい書籍があったのでそれには手を出さないでいた。しかし、いくつか長編を読み終えて、そろそろかなと買って今中盤戦である。しをんさんの小説作品を読んでいると、小説家という人間の構造がよく理解できる。現代の日本の小説家では最近あまり心に響く作品がない。「ジェノサイド」は別格としても、他のよく映画になっている小説やテレビドラマなどになっている原作の小説作品もたまにはつまみ食いをするが、まず、アタリくじを引く確率は低い。また、書店のオススメ小説や話題になっている作家や作品も同じくつまみ食いをするが、このアプローチもアタリは皆無。すると、流れとして同じ作家の作品に触手が伸びることはさらに確率として低くなる。当然、好きな作家もいれば嫌いな作家もいるから、それらの作品は絶対に読まない。読まないというスタンスに意義があるからである。誰かに進められて書籍を読むことはないので、嫌いな作品は徹底的にタッチしない。私自身、他人に書籍を進められてその書籍を読むという人は5人ほどしかいない。この5名に進められた書籍は何を置いてもプライオリティーが高い。そんな5名には逆に年間どこかのタイミングで最近のベスト1を送っている。これが書籍の正しい読み方であり在り方のような気がする。

 さらに、国内の作家で言えば、やはり、金字塔は読む。というか読むべき金字塔しか読まないが。その金字塔には金字塔の背景があるわけですが、しをんさんの作品も、リバランもしかり、どうも、好きな小説には同じ川が流れている。とは言え、私の趣味趣向は非常に多岐多様で不連続なパターンがあり、それこそ上海のバタフライ飛翔とN.Y.の岩盤の振動ほどシンクロする変数が多い。どんなジャンルの小説をよく読むのか?とたまに質問されるが、この「ジャンル」という区分けがそもそもどこを指しているか不明な質問にはお茶を濁す程度で対応している。人が何故書籍を読むのか、映画作品を観て心を震わせるのか、絵画やアートの作品を観て心をどう動的に変容させようとしているか・・・あたりを、ガチで共有できる人意外は、申し訳ないが、直感でスルーさせてもらっている。「言語が違う」ということを言葉にしてしまうと、語弊が独り歩きするからである。また、軽々しく共鳴などした日には結果、心の中で、「なんて日だ!」と叫ぶことになるからである。

 で、「類は友を呼ぶ」ではないが、重ねる会話の時間とフレーズの量とシンクロの度合いは無関係。だから、こんなブログにこうして書き出していることも、1周回ってどこに向かっているかも不明なのである。が、実はこの「不明」な感じこそが、大切で、それが気にっているから人はただアウトプットをしているのだろうと考えている。だから、そのアウトプットを受ける時がさらに大切で、受け方とかよけ方とか見極め方の部分で楽しいキャッチボールをしたいものです。

 しをんさんの小説の世界観を読んだら出会ったなら、他の日本の現代の小説が「資料」のようにさえ思える。つまり、世の中が「資料」を求めているからなのだろが・・・。映画もテレビもこの「資料化」が止まらない。言語化されたいわゆる作品と呼べる質量を見極め蓄えるポテンシャルの小さい人が増え、多様化の影で単一的なピースを集めるだけのコレクターが増えたのかもしれない。

 うん、ひさびさにブラックバスの顔が見たくなった。