ポケットティッシュがお土産。

 ある国から日本に来ている人は自国に帰る時のお土産として路上で配布されているポケットティシュを集めて持って帰るらしい。無料で配布されている上にそのコンパクトな仕様はその国では充分にお土産物として喜ばれているらしい。紙の質もとてもよく、そのポケティーは日常雑貨よりも高い値打ちで捉えられているらしい。そんなことがあるのかという感想だった。確かに駅前で無料配布され、コンパクトなサイズに適量がある。紙の質が高いとはあまり考えたことがなかったがお国が変われば価値感も異なるというヤツですね。つまり、それほど実は日本に氾濫しているいろいろなアイテムは良質であるということになる。

 料理にしても同様で、日本に来るといろいろな国の食べ物が食べられると海外の皆様は喜んでいるらしい。日本人が韓国に行ってブランド品が安いとショッピングに興じているが、世界的に見ても日本に流通しているいろいろな商品は世界レベルでは高価なモノが多いのだろう。それを平気で買っている日本人って!?ということ。無理にへりくだり「もったいない根性」むき出して価値感を曲解せずとも、普通にしていることが、ちょっと良質なのだということを抑えておくと、世界観が少し大きくなったような気がした。実際、海外に行ったことはというと、アメリカと中国しかないが、明らかに、日本とは違った。まぁ、限られたエリアでずっと暮らしたわけではないので真髄までは見ることができなかっただろうし、日本についても、すべてを知りつくしているというわけでもない、自分の経験値とテレビやラインの情報を比較して、そんな世界観のことを少し考えた。

 価値感ってなんだろう?とか、生活レベルってなんだろう?とか、貨幣価値と慣習・経済・文化の相関性ってなんだろう?とか。商品を開発して販売に繋げるために広告を制作する仕事をしているが、その商品の価値の比較的表面的な要素やスペックについてパーツ・パーツで捉えてデザインを発想することばかりを繰り返してきたから、本質の価値や慣習や文化との関係性などほぼ考えることなくデザインを構想・創造してきた。これではダメなんだろう。世界に通用するデザインとは?などとかなり意気込んだテンションになった時、自分は何をどう考え、どんな道具でどんなソフトでどんなデザインをするのだろう?もし、他言語の方から「ヘイ!カズ!ボクノカイシャノWEBヲツクッテクレナイカイ?」と突然連絡メールが届いたら、自分自身にその用意はできているのだろか?恐らく、一旦、気持ちが引く自分がいるだろう。そんな時でも、「OK!OK! So, What's kind of your favorite color? 」と間髪いれず反応できるのだろうか?それが今後の大きな課題ですね。