戦略とは破れた時の言い訳。

 私は今でもまだ「就業力」という言葉を100%理解していないだろう。3年前にあるプロジェクトに関わらせていただくことでこの言葉を知る。しかし、今だにその本質を適正に落とせる箱が自分の中に用意できないままでいる。しかし、だからと言って歩を止めることもできない。それは、迷うよりも価値がないからである。グローバルコミュニケーションというなんとも不思議なマジックキーワードで美味しいお酒を飲むのも健康的なことかもしれないし、決して具現化できない抽象的な概念の試行錯誤が達成感に向かっています的な仮説も好きにはなれない。具体的にそれがどういうことなのかをここに書き出せばいいのだが、それこそ、自分の言葉で自分が迷路に入ることになるので、あくまでもふわふわさておくおとが、ネットリテラシーの原則でありテッパンだろう。しかも、そのスキルこそが最も健全な有益な時間に繋がっているとしたら、ネットの未来はそこまででしょうね。と、このテーマは長くなるので、一旦保留し、年頭にあたりこの1年はどういう一年にしようかなどと考えてきた1月だったが、具体的にこうかな?という方向が見えたのでそれに付随してちょっと「戦略」について書きます。

 どんな属性の企業であれ会社であれ会議はする。トップ・上層部が然るべき頭を捻り、時にコンサルタントに意見を仰ぎ、経営上の組織上の会社における営業戦略や経営戦略をたてる。たてているはず。この場合の「戦略」の実態ですが、大枠、「目標設定に向けての生産的な策略」のような語感が正しいように思うが、私のねじ曲がった心ではどうもそのようには受け止められない。discodeでもないのですが、全く逆の語感を持っている。「挑戦して失敗した時の言い訳」を用意することが戦略を練るという同義に捉えている。というのも、私は戦略を企てる技術も才能もない。つまり、論理を整理して精査したり、想定することや仮説をたて策略を練ることをとてもメンドクサイという気持ちが心の底に流れている人間だからであり、裏を返すと「プラン通りに事が進められたことがないタイプ」の人間だから。だから、運を期待しない。幸運は追えば追うほど逃げていくと考えている。その代わり、とことんまで失敗した時のことは想定する。これは自分ではネガティブだとは捉えておらず、どちらかというとポジティブに最悪のケースをいくつもイメージしていろいろなことを進めている事が多く。100の悪いイメージでいると、たった一つの小さいないいことが想定以上の活性化になり覚醒するスイッチになる人間だと思っているからである。

 例えば、健康について言えば、私は恐らく癌で死ぬと思っている。これをあまり悪い死に方だとは思っていなからである。癌に苦しんでいる人に対して、「お前は癌じゃないからそんな能天気なことがブログに書けるんだ!もっと、大人らしく言動を慎め!」と言われても、プラスマイナス0の軸で「癌で死ねたらいいなぁ~」もしくは、「脳梗塞で死ねたらいいなぁ~」と思っている。だって、交通事故は嫌だし、テロに巻き込まれて犠牲になるのも嫌だし、災害で死ぬのも辛い。まして、ボケボケになって娘や介護の方に迷惑を数年かけて死ぬのもできたらしたくない。ならば、「癌」なら発見されて、自分の死期が判明した段階で、自分の死を考える猶予が与えられるのではないだろうかと思っている。だからといって、今、死にたいとは微塵も思っていないし、この自分の生命にはとことんのとんまで固執したいと思っている。だから、是非ではなく、この考えが根底にあるから、「健康」の価値にリアリティーを持っていれるとという極論。

 で、「戦略」について、私は何事も「策士は策に溺れるべくして溺れている。」と思っている。それは、戦略という仮説というかイマジネーションはすべて何かに挑戦する時にそれが達成できなかったことへのロジックとして自分自身を納得させるための予防線というか伏線だと思うから。「私のこの戦略を持ってしてもしも失敗したなら仕方なしと潔く・・・」ってもう挑戦する前から諦めているような。で、ダメだったときに、「ねっ!やっぱり。でも、次に繋がるいい内容だった・・・。」と自分を慰めている人がこのタイプに多い。

 私は「勝ちは勝ち」「負けは負け」ただそれだけだと思っているから、「勝負は時の運」だとも思っていないし、「ただ勝っただけ。」「ただ負けただけ。」が正解だと思っている。だから、楽しいと。もし、挑戦する前に期待するとしたら、「この挑戦、楽しくあれ!」と願うだけにしている。他のことは、何をどう考えても何にも結果、繋がらないと考えている。これでは能天気過ぎるのかもしれないが、意外と意外と、この方が「結果」がいいということも48年間の人生で学んでいるからである。

 さて、バイオ大学の「発見発信プロジェクト」に参画された1回生のお疲れ様でした。ねっ!「戦略」とはその程度がちょうどいいみたいですよ。いろいろこれからも「楽しい」をチョイスしてください。「負けるが勝ち」などの言葉遊びはできるだけ社会に出る前に学校といっしょに卒業して、自分の存在感を極めてください。

 ただ、結果を得るために必要な能力があるとれば、状況判断の迅速さと的確さだろう。空間認知能力とでもいうのか、状況が変化した時に自分の戦略(言い訳)に固執しない判断力とポテンシャルがあれば、楽しい挑戦を続けることができるはず。

comments

確かにそうですね、僕も昔はそんなことばかり言っていたような気がしますが、そんなに言い訳にした記憶はありませんが、過去btoでたくさんのそんな方見てきました。
近くにもそんな人いるような、いないような・・・?
道具にしても、それを言い訳に利用するなら目いっぱいいい加減なものを使い言い訳にすればいいし、最高級の者を使い言い訳できないようにすればいいだけ。
エレキの馬力が・・・。ラインが細すぎた・・・。
とか知らんがなそんなこと!
勝ちは勝ちで、負けは負け!釣りあげた魚は検量出来てバラした魚は検量できないだけのシンプルなルール。
勝負する前にそんな伏線を持っている人は勝てないですよ! たぶん、釣れないと時間の後半でそんなこと考えてるんでしょうからね。
僕は結果が悪くても自分の実力と認めているからあっさりしているでしょう。
ただ、戦略は立てます。 言い訳ではなくてね~?
ただ、大野に釣りに行きます、琵琶湖に行きます、という予定のようなモノです。
自然相手だからバス相手だから予定どうり行くはずがない、後はまさしくこのブログラスト3行の戦いですよ!
それを追い切れなかった人が言い訳をするのに使うのが戦略であって、戦略が悪いわけじゃないと思います(笑)
最近、ほんとそういう人メンドクサイわ~!!!

  • kuni
  • 2013年01月30日 22:36

それが人間。
だから、苦しく楽しいのですと、
ある演出家が言っていました。
だから、楽しんだモノが勝ち。

戦略の定義など人間の数だけあるが正解でしょう。

悪い正しい、損か得か、好きか嫌いか、
いろいろモノサシがあるから
楽しいのです。

だから、優勝は一番楽しいのです。

  • khuz
  • 2013年01月30日 22:56

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