中毒にご注意か・・・。

「facebookは最初の踏ん張りがとても大切です。

その踏ん張りどころで力を抜くと、継続できないです。

ただ、ある一定のfacebook友達が増えると、

「いいね!」や「メッセージ」を貰うのがうれしくなり、
簡単に継続できると思います。

しかしご注意いただきたいのは、「facebook中毒」です。

facebook中毒とは、以下のような傾向のようです。
(「gooリサーチ」調べ)

1位:投稿してすぐに「いいね!」が付くかどうかを気にしている
2位:出先でもすぐに携帯から確認してしまう
3位:投稿した後周りからのリアクションがないと悲しくなる
4位:遊びに出かけた際に「いいね!」が付きそうな写真を撮ろうと頑張る
5位:気になる人のページを常にチェックしている

ドキッとした方いませんか?」


 というメルマガ到着した。結局、これだけ注目されている旬なツールだから貴方の活用術次第でプライベイトでもビジネスの現場でも活用しなければ・・・という啓蒙の書である。さて、この短い文脈の中にいくつ真価が潜んでいるだろう。この文脈を書き出した人のポテンシャルはどこが軸だ?それで、このボキャブラリーはパラレルにはどう解釈するべきか?で、真理・真価は?文節を分解するとういことは、壁に貼ったピンを糸で繋ぐような作業だとある作家が言っていたし、言語の仕組みは文化そのものだから、設計図として俯瞰するとあらゆる相関関係が見えて来るらしい。時に立体的に時にレイヤーを設定して文章を分解して設計図にレシピ状態にリバースすると真価が見えてくるらしい。

 で、どこにフォーカスするかとなると、恐らく「ある一定のfacebook友達」の部分だろう。これが、このライターの言いたいことである。例えば「中毒」の定義・語感をどう想定するかなんて不可能だし、まして「ドキッと」などどうにでもなる。だから、「ある一定のfacebook友達」からこの文脈を分解すると、これ以外の物語が見えてくるとか見えてこないとか。

 さてさて、「ある一定のfacebook友達」は何だ?文字通りのこと以上・以下でもないだろうが、そもそも、「いいね!」とは「like」だそうがだが、「好き」と翻訳すると「いいね!」ではなくなる。そもそもこの小さな誤差が「ある一定のfacebook友達」にまでになると、想像以上の格差になっているはず。このことを、世俗的に科学的にデジタルコンテンツ的に洞察・分析すると、さて、これがどうビジネスツールになるのか・・・となってしまわないか?しかし、そんなことは時代の旬、四の五の言わず活用しながら考えればいいと1500万人が活用しているらしい。

 ここの部分を指して「中毒にご注意ください。」が適正のような気がします。毒か薬か?タッチパネルで何をどう匙加減すれば適正な処方箋が見つかるのだろう?実に実に不思議なコミュニケーションルートです。100年後、このビックデータを小学生達は閲覧して文明開化のビープ音を聞くことだろう。