イミテーション・ゴールド。

 オハイオ州立大学の教授が「コピーキャット」という書籍を出しているらしい。世界10カ国で翻訳された逆転の戦略編。「真の先駆者は誰も覚えていない。あのイノベーターもコピーキャットだった。」と。それはどの世界にダイブしていても同じことなのだから、取り立てて「模倣こそがイノベイトだ!」みたいな書籍だとしたら買う価値はない。芸術というアプローチに精通していない人ならば、入場料を支払い、しばし自分の中の何かに浸れる存在がアートかもしれないが、それを人生の使命とわずかでも考えているならば、そのチュートリアルはすでに終わっているはずだから。模倣について日本の慣習は否定的なニュアンスがあるから・・・的なことももうどうでもいい。それぐらコピーキャットに対する自らの姿勢というか倫理というかモラルをどの程度保有するかでこの書籍の価値は大きく振幅する。

 革新と模倣が全て。そして、代謝と複製の動的均衡を経て万象は成立している。

 それは何故なのか?答えは一つ。それが脳の最大の機能だからである。単純なことを複雑に分解することも創造だと勘違いすることは誰でもできるが、複雑なことを単純化するこが破壊だと意識するには、それ相当のチャレンジを経て辿りつかなけばならないピーク(山頂)である。

 人間の歴史の中に「金」を一番高い山だとする慣習・歴史・価値感がある。これを代用して物流が進化した結果、工業もデジタル仮想世界も生まれた。ただ、人間の頭がこのスピードに正確に反応できているるのかということが一番重要な問題で、おばばの言葉を借りれば、「大きすぎる火は何も生み出さない。」のだろう。

 アメとムチに翻弄され続けるか、己の「自律性と熟達と目的」で新しいスタイルを受け入れるか。まず、大きな分岐点はそこにあるような気がしますね。