美味しいコーヒーの飲み方。

 「美味しいコーヒーの飲み方」か・・・。わざわざテレビで紹介するようなネタかな?この豆の特長?ドリップする温度?方法?カップは?なんのこっちゃのテイをいかにもモードで言われても、そのコーヒーが美味しい蘊蓄は美味しくない。いわゆる、こういう啓蒙が昔ならテレビから落ちてくれば、「御代官様、はは~っ」っつて崇めて奉っていたが、もうそんな時代ではないぞ。誰のどんな美味しい飲み方よりも、世の中のコーヒーが好きな人達はそれぞれに自分スタイルの美味しいコーヒーを知っている。つまり、情報の流れ方がそういうことになっているのに気が付かず、スマートな入れ方でドリップしている人、あまりカッコ良くないですね。これは一事が万事で、音楽もそう、仕事もそう、生き方もそうなっている。それが「自律性」の部分だろう。だから、私の美味しいコーヒーとあなたの美味しいコーヒーの間にメディアや専門家が介入してほしくないということ。その空気を読まずに高い原価の豆をスタイリッシュなミルを使って、この方法が美味しいですはもう成立しないような気がする。

 例えば、仕事がそう。報酬(給料)を目的にやらされている仕事に価値を感じることはない。そこに何か自分自身の自律性が介入しなければ、刑務所の作業の方が生産的である。そこに仮にノルマ的なことを組織で決定しそれを報酬と比較して正確に推し量る物差しはない。在るとすればその会社のトップの誠に勝手な物差しを会社に属している段階で渡されているはずだからそれで計測して自分の尺度と比較しながら与えられた時間の有効性の中で右往左往試行錯誤する。これが働くということ。自分がそのシステムに組み込まれたくないという何かしらのモチベーションを持っている人はそこをテイクオフ。日本の製造業が・・・とか、日本の教育が・・・経済が・・・とロジックで捉えることは簡単だが、その根幹に在るモチベーションの本質を見誤るとスパイラルはどこまでも底なしの下降を始める。何故か?それが代謝と複製を使命づけられた生物の能力・性能・本質なのである。それを知っている歴代の王達はタスクを報酬に置き換えて価値感を共有させたがその寿命は想定以上に短く、平和を求めれば求めるほど、その均衡は崩れることを知っている。

 美味しいコーヒーからかなり離脱してしまったが、私の場合、記憶にある美味しいコーヒーベスト3は、恐らくこんな感じ。第3位は大学の頃、自転車で南河内郡から実家(福井県高浜町)まで帰った夏の日、最後の峠に向かう前に立ち寄った喫茶店のアイスコーヒー。第2位は年頭に登った伊吹山で頂いたホットコーヒー。第1位は仕事場で仕事をしながらタバコを吸いながら頭がフル回転している時に飲む日々のコーヒー。吉野家のオリジナルカップがまたその美味しさを強力にバックアップしてくれる。

 仕事も美味しいコーヒーも結局、TPOが重要であり、TPOって結局、自分自信の自律性の上に積み上げてきたからそれが美味いのである。と同時に美味しくない時間を過ごしがちな人は逆にそれをエンジョイしているのだろう。「嫌い嫌いも好きの内」的な感じであり、リスクやジレンマやノイズこそがリアリティーだと感じられる能力を持っている耐久力のある人なのだろう。

 今、ある書籍のカバーデザインを構想中なのですが、これが、保育関連の書籍のブックカバーです。そのテーマはとても素晴らしく「いい子とはどんな子か?」という大きなテーマ。ルールやしつけを守れない子どもは悪い子かいい子か?教育の根幹の部分ですね。頭のいい子と悪い子を勉強というモノサシで判断してきたこの国が実は地殻の活断層の上だったみたいなことにならぬよう、地熱を有効なエネルギーに変換したいものです。そもそも勉強って何のため?と次の論点が移行しそうですが、それは、また、いつかいい考察かサインかキリクチが思いついたら書きます。

comments

なろほど、そうですね~。 テレビでインスタントコーヒーでもカップラーメンでも食べる環境と一緒に食べる人がいいなら、高級豆に勝ります!とはなりませんよね、1銭のお金も発生しませんからね。
でも、それがブログやface bookなら成立する時代?価値なんですかね・・・?
もう、高いお金を出して「おいしい!」と言わされる時代は終わりましたね。
僕の最近のおいしいは、内山さんのバスボートの上で食べるカップラーメンとインスタントのミルクティーでした。
あまりのおいしさに、内山さんから今日も湯沸しセットお願いしますとリクエストがあったぐらい。
気の合う人と、趣味の話しや午前中の釣りの考察、ウィットなジョークを投げ合いながらの船上ランチは最高!
結局のところ、人間の舌なんてそんなに敏感でなく食べるシチュエーションが良いと、おいしいと錯覚するんでしょうね?
バス君には無い贅沢な感覚ですね。
お天気も良く気の合う人と食べればお互い1バイトノーフィッシュでもおいしく食べれるのですよ(笑)
釣れればさらにおいしいと思うのは錯覚だと思います、でも、その錯覚を楽しめばいいのかも?

  • kuni
  • 2013年02月17日 18:47

終わりましたね。

というかまぼろし(バブル)だったのですね。

出川さんの
リアルだからリアルだからは
時代的に名言かも・・・。

早く、今年も一匹目に出会いたいかな・・・という
気持ちなってきました。

  • khuz
  • 2013年02月18日 09:28

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