ACT

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 趣味!?でいろいろな場所に落ちていた「クギ」や「ネジ」を集めている。理由は明確ではない。いつもの「なんとなく」が作用している。何らかの理由で利用価値を失ったこの何かと何かを繋ぎ合わせるパーツが捻じれて錆つき地面に落ちているのを拾い上げるというサイン。それが、さらに「なんとなく」リアルを感じている。この場合も「何のリアル?」と聞かれても明確な解答はない。

 そして、それで「A」「C」「T」と並べると、「ACT」になる。これがデザイン思考のリアル。と、そんな大袈裟な!ぐらいの流れでしたが、これがいわゆるクリエティブのコアの部分のように思います。身近な空間の中にも移動先の場所にもいろいろな物があふれてて、それられはすでに繋ぎ合わさってたり、まだ、接続されていないパーツであったり、何かの理由で朽ちかけていたり。すべてが時間軸の中で微妙に交錯しているのが世界なのであると。えらい大袈裟な世界観のふろしきを広げてしまったが、これぐらいの広さの風呂敷でないと、すぐにいっぱいになるのが欲望と気まぐれ。

 時には全て包むことも大切であり、要らないモノは捨てる必要もある。そんな取捨選択を繰り返して今現在自分自身のふろしきの中には何があるか?ここから次の思考パターンを構築しなければ、光彩に映り網膜に入って来る光の信号・情報だけで自分自身の仮想空間にオブジェクトを構築させることはちょっと危険信号。外因的な要素と内因的な要素の相関性から全ては成立しているとして、どちかに比率が偏ってもどこかで必ず偏重を来すはず。

 もし、この錆びた釘とねじが「えんどう豆」と「ししとう」ならば、また、別の感情が生まれたことだろうから・・・。うんうん、これもなかなかの原稿になりそうなので、このあたりの寸止めで終わります。