集中力はどこからやってくる?

 ふと、集中力はどこからやってくるのか?と考えてみた。何事においても出来が悪いと「集中力が足りないんだ!」と言われてきたことの裏について考えてみようと思った。確かに何かをする時に集中力がある時と集中力がない時はある。その違いを若い時はうやむやなグレイな状態でもなんとかなったが、いやいや、50歳が近くなるとそうもいかないのかもしれないと少し心配。経験値や引き出しが多くなっただけで実際仕事の現場でそれに依存して集中力は大丈夫か?という自問自答。いやいや、そもそも集中力なんて自分でなんともできないものなんだから、自然に任せていつもの通りに黙々と仕事をすればいいじゃんという自分と、いやいや、この歳になったのだから、改めて気持ちを入れ替えて「集中力」とは何かを再確認して仕事をしなければいい仕事なんてできないぞ!という自分のジレンマ。

 で、結局、なんだかんだと気楽に捉えてなんとかなるだろうと考えながらも、ふと、どこからが「集中している自分」なのかと確認してみたくなった。

 さて、それはどこからなのか???

 例えば、集中している時の自分自身はどういう状態が多いのか。自覚的にどんな状態の時に生産性や効率が高くなったのか。そのモードで何が具体的にどうなったのかを少し整理したいな・・・と。仕事で言うならば「リズム」を感じる時だろうし、絵を描いている時などはあまりにも集中していると、汚い話、よだれが垂れる時。釣りで言うならば、水面から出ているラインの動きしか見えなくなる時。こんな時は明らかに集中しているし、だからということでもないが、結果が出る。※よだれはなんとかしなければいけないが・・・。

 で、どこからやってくるかと考えてみると、何かのサインがある。それは自分自身の中からのように考えてしまいがちだが、それは、意外と外因の場合が多い(私の場合)。それは自分自信がそのモードになるぞ!という気合いというか気持ちの入り方も大きく相関・影響・作用しているのですが、ココイチで集中する時は、何か身の回りのサインか合図で集中モード・クラスへダイブしているような。

 が、ブログ記事レベルに、何か書き出せば、簡単に答が出るかなと思ったがそうでもないので、このテーマはちょっと温めよう。面白い原稿になるかもしれないし・・・。