1万円分のアプリ!?

 「 学生のみなさんが今新しいMacを買うと、1万円分のアプリケーションをダウンロードできる。新学期を始めよう」カードをさしあげます。しかも、Macはお得なAppleの学生・教職員価格で購入できます。」とうメルマガが到着していた。学生さんと1万円分のアプリの関係はいったいどうなっているのだろう?どんなアプリが存在するのかさほど興味はなく、一般的な知識・情報しかないが、最近の学生さんはこの理由でMacを買う買わないを判断しているのだろうか?タブレットもスマホもそうだが、アプリアプリの百花繚乱で、そもそもアプリって何?という感覚が麻痺気味のような気がする。春だから何か新しいことを始めたいというベクトルになるだろうから、手っとり早いのはMacを買ってアプリでチマチマして何か自分のスキルやリアル感を満たす・・・だけ!?で、小手先の達成感が得られるならば的なアプローチだろう。そこに明確なインテンシブがあるのだろう?あるのかないのかで言えば、あるだろうが、それがどんなのびしろになる?というところまで踏み込まない・・・みたいな。アプリはアプリを使うことが目的なのだろうし、使ってみて「便利感」を感じる感じないの指標が不明確だから、使っていれば、便利だという根本的な勘違い。それにさて1万円の価値があるかないか?かな。

 で、私は勿論、それに1万円の価値は感じないからこの手の提案にはダイブしないし、出費も考えたことがない。1万円ですからね・・・、1万円あれば、時間つぶしのアプリを購入するよりももっと違う価値を手に入れることができると思っています。

 いつの頃からか、appleがこの路線を展開し始めてからMacをデザインツールとして見られなくなった。結果、一般ユーザーを抱え込むためにアップルはパワーユーザーを見切ったような感覚でした。ここまで露骨ではなかったものの、そんな印象を抱いてしまったから、プラットフォームとしての啓蒙力に陰りを感じてしまった。恐らくただの危惧だろうが、この気持ちの変化を感じたユーザーは意外と多いのではないだろうか。それまでデザインの仕事はMacで!という気持ちはあった。しかし、XPでそれが変容したこともリアル。何故か?費用対効果が確実にあったから。逆に、パソコンを開発して販売する時の物語を描く場合は、第1章はいいが、第2章を構想するのが難しいということだろう。TOUCHやPADにそのスパイラルが散ったことで、本体のPCに吸引力が無くなっていったという物語だろう。

 結局、プラットフォームもソフトウエアもアプリも各種デバイスも「道具」なのですから、デザインの仕事はどのブランドでもできるし、やりたいオブジェクトが明確であれば、安価で高性能をチョイスするが当然の流れ。それでも「Macが好きだ!」という人はある意味、救われるはず。

 私自身は、別に「便利=薄さ」でも、「便利=コンパクト」でも、「便利=タッチ画面」でもないので、入力とインターフェイスをしっかり制御できれば、マウスで充分だと考えているユーザーなので、このまま、メインプラットフォームを変えるつもりは当分ない。逆、タッチパネル系のデバイスについて言えば、画面を指でタッチするのはキライ。指の油脂がどうしても付くことが嫌。画面はインターフェイスや作成しているオブジェクトを正確に目視したいので、そこにチラリでも自分の指紋らしき汚れがついているのがとても気になる。というか嫌。クリーンなデジタルデータをわざわざ指の油脂で汚しているような感覚になる。だから、フラットなキーボードも嫌い。「ボタンです!」「これがキーです!」というインダストリアルが好き。

 で、今の時代の春、何か新しいことに挑戦したいなぁ~と感じた時、何が一番適正なんでしょうね?やっぱ、中国語かな?