時間が残されているいない!?

 「1分の遅刻は、1時間の遅刻より罪が重い。」そうかな?1分も1時間も罪は同じような気がする。

 「今月はスケジュールが一杯で・・・は恥ずかしい。」一杯は一杯なんだから、恥ずかしいとか恥ずかしくないという感覚の方がよほど恥ずかしい。

 「準備ばかりしていると、本番なしで人生は終わる。」別に人生、ずっと準備をしてたとしてもいいじゃん!

 「ふと気になった身内には、その都度合っておく。」なんのこと?ふと気になったが明確でないのになぜどのようにアクションするのか?ふと気になって会うのは何のため?

 「時間は命の断片だ もっと自由に生きるための時間のルール70」って、命をそもそもなんだと考えているのだろう?時間は命の断片だとは、何が分かって何が分かっていないのかと結構支離滅裂な味噌糞状態かもしれない。

 「君はもうそんなことをしている時間は残されていない」という書籍のアプローチ事例の列挙でしたが、どれもこれも五臓六腑には落ちてこない。ま!口に入れるつもりはない書籍だからいいか・・・。

 それが、早くも10刷!となるのだから、よほど「時間の価値の見極め」に現代は飢えているとういことがこの事例で読みとれる。かなり、現代の人類は自由に生きている上にさらに自由になりたいと願うベクトルの捻じれ方の方をなんとか矯正する必要があるのではないだろうか。

 時間が残されているありきの論拠に何がぶら下がっているのだろうかな?

 最近、どうも、どこまで自分自身が客観的になれるか?どこまで俯瞰視できるか?みたいな気持ちが高まっている。それにただ高めるだけはふわふわしていしまうので、その高め方のディテールやマテリアルを整理しようとしている。ただ、整理というニュアンスで何をどう整えても何かが整理される感覚がないので、さて、どこを軸に感覚を振り回そうかということに試行錯誤しているても言うか・・・。

 結果、迷ってはいなのですが、迷っているみたいなこと。

 だから、このようなアプローチの書籍が買わないが気になるのだろうか?