オスとメス

 カブトムシの遺伝子の操作でメスにつのがオスに体毛が出たらしい。人間は何をしたいのだろうか?医学の進歩なのか科学の進化なのかそれが人間に課題なる功績をもたらすと思いたいが、ボストンの二人などMITで何をやっていたことだろう?クレバーな人材の精神まで大統領でも分からないということ。それほど人間は分からない。分からないことは分からないままでいいんじゃないのかなどと呑気なことは決して言えないが、ツノが生えて来たカブトムシのメスはどんな気持ちだろう?

 メディアをにぎわしているキャッキャ言って場を盛り上げている連中も本質的にそうならば幸せなことだろうが、それがもしテレビ用なら営業用なら相当悲劇であるし、オスだからメスだからなどモラルや倫理のお話をするつもりもないが、そこが交錯する融合する混同することで人間はどこに向かっているのだろうか・・・という部分がとても気になる。

 で、逆にそんな万象に対して自分自身は何を考えているかの部分の全てを意識下することはできないが、受け入れる部分と受け入れられない部分が確かに存在する。それぞれにその理由を追求・探究している時間などないから乱暴にこんなカタチでブログに書いておき、やらなければならないことにあとは集中しようと思っている。つまり、SNSや多種多様なアプリなどは誰かが誰かのためにデベロップしているのだろうが、その「誰」かという部分で圧力釜に釘を入れるという結論に辿りつかない文化であってほしいものです。我々は黙祷するしかないのか、何かの方法でそれらを削除できるのだろうか・・・と。