今年こそ。

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 今年こそこのような50アップを釣りたいものです。いつから釣っていないのだろうか・・・、もう忘れてしまった。それだけフィールドに行っていないってことなんだろうけど、やはり、メジャーをあてて50を超えている時の刺激は忘れられない。

 琵琶湖では60や70が出ていると聞くと、心が震えるが、外来魚に対する琵琶湖周辺の取り組みや規範の中に潜む「大きな嘘」を黙認してルアーを投げる気には到底なれない。釈然としないまま眼の前のエンジョイにフォーカスできるほど私自身が大人ではないのだろう。だから、私は琵琶湖ではバスを釣りたくない。

 環境を守る人も釣りを楽しむ人もこの地で商いをする人も、皆がもっと、フラットにニュートラルになり、一部の嘘つきに振りまわされないフィールドになった時、清い気持ちで昔のように琵琶湖に対峙したいと思っています。それまで琵琶湖をバスフィッシングフィールドとして見ることができないのが正直なところだ。

 自分自身の指針で突き詰める事を放置・容認して見切り発射的な微弱な規範に振りまわされているような人が決めたルールに自分自身の大切なモチベーションを浪費したいくないが現段階での正解。

 「外来魚駆除」って、人間はいつからそんなに偉くなった。そんなに奢って何を守りたいのか?琵琶湖を守る?君たちの考えや行動で琵琶湖が何から守られるのか?環境問題のイタチごっこは答の出ない問題。地球環境を人間がなんとかしようなどとひらめいた段階でその方向性は終わっていると判断できなかった瞬間にもう一度、戻れればいいのに。共存・共生・つながり・絆・・・絶滅においこまれた生物達が人間の言葉を話すことができたら口を揃えてこう言うだろうな、「なんでやねん!」って。言語的ロジックの中でしか結論を出さない種の不思議な不思議な進化論である。