個性の時代!?

 「個性」とは先天的だとも後天的だとも言えるというレベルの知識はあるが、さて、この「個性」とはなんだろう。アートやデザインについて考えれば考えるほどその軸の存在がどんどんグレイゾーンに迷い込む。言葉で何かを伝えようとしても、常に結論が出ないダブルバインド。これも「個性」なのか?「アート」について自分なりの世界観を語る・・・これは一見とても簡単そうに思えたのですが、常に細かい振動の磁気を帯びて大きな重力にふわふわ。どこを軸にすればいいのだろうか。そもそも「個性」などというものは存在しないのか・・・などという迷宮に陥っている。自分の個性はこれだと何パターンも引き出しから頭のデスクトップに配置してもどれもこれも実は決め手に欠けていることになっているような気分。

 ほんとに言語でアウトプットするのは難しい。これが絵(非言語)ならなんとでもするのだが、これがデザインならば、形や色やバランス感覚でバランスを決めることができるのですが、言語化することはほんとに難しい。もう、くさび型文字あたりまで遡って見極めようとしているが、そこでさえ表裏一体のジレンマがあったとさえ記述されている。よくもまぁあの世界で最も複製されている書籍の完成度たるや、実はあれこそが究極の表裏一体の具現化かもしれない。そこに踏み込むこともできず、偏った自分の世界観を文字にするだけで、表とか裏とか混在するような絵でもいいかなとさえ考えています。

 「混沌」と言葉にするのは簡単だが、想像以上にこの言葉でさえ深度は計り知れない。まして「個性」を語ろうなどとは不可能に近いような気がしてきました。では、ビックデータと称されているテキストの集積・蓄積は何を意味するのだろう。