きっちり!恥ずかしくない!!文章を書くために。

 「きっちり!恥ずかしくない文書」を書く勉強・訓練をしたことがないので、こんなタイトルの書籍には敏感になってしまいます。なかなか「きっちりとした、どこに出してもはずかしくない」基準って長年仕事に携わってきた人間でも、常に自分の文体に疑問があるはず。自分の文章はどうなんだろう?と。それにイマドキのSNS時代、芸能人レベルのジャンクなブログに書き綴られているようなテイサイの文章が一般化しているため、口語なのか文体なのか微妙なまま氾濫・飽和・充満している。やはり、はずかしくないというクラスを維持するためには、一通りのルールがあるのでしょう。

 例えば、「不必要な主語は省略する。」とか、「意味の固まりを意識して句点を打つ。」や、「「てひはお」を間違えると恥ずかしい。」、「未知情報の後には「が」を使う。」、「同じ意味の言葉を繰り返さない。」、「修飾する言葉と修飾される言葉を近づけるな・・・。」などなど。なかなか、絞り込んだことがこの書籍の広告文には書かれてる。「気づかないうちに、おかしな表現になっている・・・」とのことですが、恐らく、セオリーが何パターンも手元にあったとしても、「気づく」か「気づかない」かが一番問題のような気がします。それは、やはり、「気づく」ために美しいロジックや魅力的な文体や行間を読ませる工夫や熱意が書き手にあるのかないのかに尽きるでしょうね。

 英語も同じですし、文章もそれを出してきた部位(頭?心?条件反射?)が「恥ずかしい」と美辞麗句を並べても、文体を清涼に整えても、結果、「恥ずかしい」にぶれるのだろう・・・。ならば、ちょっとぐらい勢いがあって乱暴な荒文でも、魅力的な文章であればいいのではないだろうか。この感覚がすでに恥ずかしい域にぶれていたら仕方なし。

 絵画やデザインも同じかもしれないです。意外と逆に「はずかしい文章」を書けないリミッターの方が実はやっかいだったりなかったり。