おかしな話。

 まぁ、そういう現代なのだろうが、おかしな話が身の回りで起こる。個人情報への認識や企業のサービスの本質やコミュニケーションの変容などなど。おかしい話が日々連続である。

 例えば、「血液型」について、アンケートすることは最近タブーらしい。えっ!血液型は何ですか?という質問が個人情報的にはデリケートなんだということ。血液型をお教えすると人間関係における非常に大切なポイントで、血液型ひとつでぎくしゃくする場合や、関係性が悪くなる可能性があるのだそうだ。そんなに微妙な時代なんだと改めて驚く。この程度で驚いていては現代の人間関係事情は適正に築けないのだろうが、血液型O型の私はあまり関係ない。

 また、逆クレーム対応とでも言おうか、初めての営業さんが来社される、お仕事の案件が進む、契約する、とここまでは普通の流れで、こちらもご提案内容が納得できて有益と感じたから契約したのに、さらに、別のリサーチ会社から、営業の対応に気になるところはありませんでしたか?という内容のリサーチが入る。うん?これは、転ばぬ先のなんとかか?私としては非常にご提案の内容も理にかなっていたし、実際に提示された数値的な資料も充実していたし、人間的にもしっかりとコミュニケーションされていたとてもタッチのいい男性だったので、結果、契約まで進んだのだが、こうして、クレームになる前から、どうでした?的なリサーチ会社への解答はいる?適当にお応えはしたが、後味は悪い。うん?彼は何か他の案件で問題の多い方だったのか?もしかして、それ以上に法律に触れるようなことに関連している可能性があるのか?と猜疑が深まる深まる・・・と、イマジネーションが止まらない。その電話の意味や価値が分からない。でも、まぁ、そういう時代なのかなと感じつつ電話を切った。

 メールでの情報交換についても、メール送信やFAX送信後の確認の電話は必要か必要ではないか?という細かいお話も不思議な感覚です。企業ではホウレンソウを徹底して!とスローガンに掲げていると思いきや、経費コスト削減で必要のない長電話は企業悪という価値観。これってかなり出たとこ勝負のさじ加減のような。で!どっちなんだい!ということで、余計な心配が蓄積される結果になっているような、そんなメンドクサイ構図の社会って、やっぱ、おかしい話に属する。

 49歳って、もう時代的には古い人間の部類なのだろうか?言葉ひとつひねり出すにも慎重になれという掲示・警鐘なのだろうか。どちらかと言えば・・・というよりも、間違いなく、そそっかしいタイプなので、思ったら言葉にしてしまうので失敗も多いが、そこまで慎重になって何を守っているのか?とさえ考えてしまう。これが現代社会に潜む「ストレス」の源泉だとしたら、かなりやっかいな社会だ。

 ネット文法的な、WEBサイト内やブログやメルマガにおける効果的な文章表現のセミナーや講習会のご案内がよく届くがあまり興味がない。仕事だから適正な文章表現の成功事例や失敗例を情報として蓄積することは必要だと考え、以前はよく参加していたが、どれもポテンシャルは低かった。小学生レベル(小学生の皆様には失礼)の作文のお話を大の大人が雁首揃えてメモを取るって、カンボジアの青空教室ではない(カンボジアの子どもたちごめんなさい)のだから、もっと、ギリギリの話を聞きたいのが正直なところだった。

 と、おかしな話をすればキリがないが、それほど文章表現というのは振幅があるということ。伝えたい内容やTPOで表現アレンジや語感やフィーリングを使い分けてこそ、FACE TO FACEに近い背景にある気持ちやニュアンスが伝えられる文節・文脈になるのだろう。いやはや、日本語は難しい。