自殺した、しなかった。

 林先生は日本の作家を「自殺した作家」と「自殺しなかった作家」に分けて作品のスタイルを分けることがあるらしい。なんとまぁ、素敵な独自のアプローチでしょう。そんな属性があるんですね。文学をどう捉えてこられたか、文学を何基準で探究してこられたのかというその懐というか度量の器の大きさがチラリと見えたような気がしました。

 ダザイとヤスナリは自殺するほど自分自身の世界を追求したと捉え、ソウセキはそんな時代にも関わらず最後まで逞しく生きたと捉えていると、私は考えています、と言い切る潔さ。あのキレ味はさすが時代を牽引できている人ならでは。そこまでテレビで言い切るって凄まじく分厚い鉈のような鋼の神経かカミソリのように繊細な神経なのか、いやいや、いずれの二刀も持っておられるのでしょうね。文学をそういう風に考えたことはなかったし、書籍と漫画を比較して「レンジ」と「手料理」と比較したことも私自身の人生には一度もなかったので、その言い切り方がカッコイイと感じた。言い切る勇気、大切なんですね。

 この時代だから、「~かもしれませんね。」とか「~だったらいいのかなと思います。」とか「~ったらいいのになと考えています。」とかって語尾のフェードアウト方式は時代対策なのかと思いきや、実はそうではなく、この時代だからこそとか考えずに、いつどんな時代でも、語尾を濁す人と濁さない人がいて、濁す人はやはりどこかで何かが濁っているんだろう。曇りなき眼で見定めたんだという自負があるならば、伝える時にはやはりグレイゾーンはタブーなんだ。

 言い切るためにも、本当の本気信号を発動せねば・・・なんですね。

 「今でしょ!」って、やっぱ、いい言葉ですね。