至誠、天に通ずる。

 「天地が天地たるゆえんのの本体、本質、これを誠という。別の用語で言えば真実である。この誠という文字も非常に考えられて造られている。偏の「言」は「事」という文字で、その言(こと)(事)の端(は)が言葉だ。要するにこれは事実ということである。創造、クリエーション自体を言という。創造の営みによって創り出されるものが言である。その端、先端が言葉である。だから人間が成長する始まりは言葉だ。モノを言い出すというのが成長の始まりです。」と言われても・・・という人には関係がないのだが、そのニュアンスに心が少しでも動いたのなら、その至誠は必ず天に通じるのだろう。この場合の天とは何を指すのかが問題である。

 天文学と占星術の違いは軸がどこなのか?と同様に、言葉を信じるということが具体的にどのような作用があり効果があるのかを知覚してこそ・・・なのである。

 有言実行という言葉がよく学校の廊下や教室に貼ってたが、その深い意味を理解しないまま、誰もが学校を卒業して社会にでる。そういえば学校の廊下にそんな言葉が貼ってあったなぁ~と勤め始めた会社の社長が会議で引用して想い出すみたいなあれ。最初に何故言葉ありきなのかは突き詰めらとしたら相当深いはず。脳が発信する信号で神経から筋肉に何かが伝わっている仕組みである以上、それが通じる通じないではなく、一体であることを知る。

 ゴッホの原子を吸いこんでゴッホになれるという仮説があるらしいが、だから、ゴッホになりたいかと聞かれれば、返答はNOだ。ドバイの億万長者になりたいかと聞かれても返答はNOだ。原子論を茶化せばキリがないが、最初は言葉ありきだとしても朽ちれば皆同じ。