2013年08月 アーカイブ

西洋文化と東洋文化。

 海外の人達の日本への評価は様々だ。ブエノスアイレスの人だったかパリの人だったかが、日本という国は西洋文化と東洋文化が見事に融合した素晴らしい国だという評価をしていた。この評価を実際どう受けて止めればいいのか少し迷ったが、なるほど海外の方の視点はそうなのかと心にその言葉が馴染みながらいい感じで素直に納得できた。西洋文化が具体的に何を指し、東洋文化が具体的に何を指し、さらにその融合が実際の日常生活や仕事をする上でどのような作用・影響・恩恵を受けているかは漠然としつつも、思い浮かぶいい面だけを捉えて「融合」を組み立ててみると、確かに、希有な国の見事な融合だと感じた。

 さて、その融合加減が経済面ではどうなのだろう?まぁ、西洋と東洋と言っても広いですから、グローバルなビジネスモデルに携わっているグローバルな人材の人達はその辺りを上手く機能させているのでしょう。ジャパンエキスポもハリウッド映画の日本描写も微妙に日本人の一般意識とは距離があるようにも感じるが、感じようが感じまいが海外での評価は海外の評価として素直に受け止めなければいけない。例え、それが古傷を舐める結果になろうとも。ま、島国だから海洋の存在が緩和している時代は良かったがネットでクラウドが地球を覆っている以上、電子レベルでは地球はひとつ。リアリティーとの微妙な時差と違和感を何かの手法で緩和しなければならいのだから、融合は必然かもしれないですね。

 未だに戦国時代の武勇伝や明治維新の狂気を回顧して微熱をエンジョイするテイがリセットされないが、これも言わば「融合」のケミカルリアクションかもしれないですし。熱量を出し切った汚染物質の処理に感けながら一方ではグローバルな熱量に変換しているあたりも「融合」が生み出したノウハウかもしれないし・・・。

時代が求めるスキルとは?

 「今の時代、スキルアップに何を身につければいいか考える際には、ビジネスや企業で需要の高いものから選ぶのがコツです。ビジネスで基本となるのはやはり情報処理の技術になります。数字を集計して今後を予測したり、視覚的にわかりやすい説明や表示をおこなうスキルが重要になります。この情報処理ですが、ビジネスで広く使用されているソフトがマイクロソフト社のオフィスシリーズになります。表計算のエクセル、文書作成のワード、プレゼンテーション作成のパワーポイント、データ管理のアクセスです。さらに自動化して便利にするにはプログラミングのスキルです。またこのプログラミング業界は平均給与が高いのも特徴です。これらの主要なスキルですが、効率よく身につけるにはとにかくわかりやすく、ビジネスでよく使われる内容の入った講座を使うのが大切です。」このスキルこそがビジネスの現場が最も求めているのだということか。私は上記のソフトウエアについては明るくないし、情報の視覚化というスキルのアウトラインや入口ぐらいはスキルとして持っているつもりだが、ビジネスの現場で通用するかは実戦経験やリアリティーがない。

 合わせて、一般的に「ビジネスや企業で需要が高いモノ」に対してもあまりピンと来ていない。どういう需要に対してどういうスキルが必須なのかという構造も理解していないからだろうし、マイクロソフトのオフィスシリーズのスキルアップに自分自身が興味を持ったことがないのも畑が違うと安直に見切っているだけなのだろう。と考えると、時代が最も求めているスキルを見切りデザインの仕事の仕事のスキルを追求・探究してきたことは時代の流れに少し逸れているのかとも考えられる。この捉え方について、このタイプの記事を読む度に考えてしまうのですが、情報技術が生み出している価値っていつかはキーボードのキーを1回叩いた単価やマウスでボタンをクリックした単価で算出されスキルというよりも、オペレイトと評価しなければいけなくなるのではないだろうか。すると、1時間に何回キーを効率よく叩けるかやマウスをいかに的確に操作してクリックする数を増やすかという能力だけが人間に求められ、スキルという概念が消えてしまわぬか・・・と。ほんとうにそんなスキルを時代(世の中)は求めているのだろうか?と。

芸術思考は建設的。

 アメリカと日本の戦争の歴史に翻弄された人生を経て、現在、N.Y.でアーティストとして活躍している90歳の女性がテレビに登場しておられた。その方の人生経験のどの部分を切り取っても強烈なインパクトを受けたし、カメラの前で描いた「無題」というタイトルの水墨画にもその人生の凄まじさが一瞬で転写された作品だった。その方の師がアメリカの収容所でおっしゃた言葉が私の人生の支えだったと、そのお婆様はエネルギッシュで大きな笑顔と共に語っておられた。

 「どんな状況でも芸術は建設的で平和を呼ぶ~」的な言葉がその方の師匠の言葉だった。なるほどなるほど。戦争を知らない私はこの言葉の意味を充分に理解して共鳴することができないが、この言葉の裏にある芸術と人間の関係の密度を理解したいと強く感じた。平和と芸術の歴史のどこか一部に自分が今存在できていることを少しだけ実感しながら、建設的思考でこれからも在り続けたいと思います。

デザインの原則。

 天下のグーグルは「デザイン原則10」として下記を列挙している。

 「Googleのデザイン原則は以下の通り。
 1.人々に焦点を当てろ――彼らの生活、彼らの仕事、彼らの夢に
 2.すべてはミリセカンド単位で数えろ
 3.シンプルにすると強力になる
 4.初心者ユーザーを引き込み、上級者ユーザーを魅了しろ
 5.革新に挑め
 6.世界に通用するデザインを
 7.今日と明日のビジネスのために計画せよ
 8.気を散らさず、目を楽しませるようにしなさい
 9.人々の信頼にふさわしいようにしなさい
 10.人間味を加えなさい」としている。

 どれも襟の立つピリっとした原則である。

 私も日頃から留意しているデザインの原則について考えてみた。すると、絶対的な法則はなく、常に思い浮かぶ留意点や工夫点がすべて「人間味」というニュアンスに帰着することに気が付き、グーグルのこの原則を発見した時も、やっぱりな・・・という感想だった。さて、この「人間味」という部分をベースに「シンプル」「革新」「信頼」というディテールに分けてみると、やはり、「人間味」というフィーリングに流れるパターンと相反するフィーリングに流れるパターンに分かれる。人間が思考し人間のスキルで創出していながら、何故、「非人間味」に逸れるのかと。まだ、コマが揃っていないので、結論に達してはいないが、これはなかなか整理するのは難しいぞ・・・と。しかし、この迷いというか葛藤も最後には「人間味」で捉えることができるような気もしますし、結局、人間のために人間が創っている以上、どっちに転んでも「人間味」だろうなどと乱暴に考えたりもしてしまう。「デザイン力=人間力」などと安易に捉えることもできないが、逆にここへ向かうチカラを阻む存在に対してひとつづつ丁寧に規定して排除していけば、残ったモノが結果「原則」となりうるのかとも考えています。

龍攘虎摶

 空想の動物と現実の動物が争う様を力の均衡した争いと例えた人のイマジネーションは気高く自由である。変わらない(変えてはいけないもの)と変わるもの(変えなくてはいけないもの)が今、私の中で、つまりこういう状態なのかなとふと頭をこの四文字がよぎった。さてさて、どちらが龍でどちらが虎なのか?イマジネーションの座標軸、タテ軸が龍でヨコ軸が虎か?

山へ。

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 山へ行きたいなぁ~。4回目の富士山はしんどかったけど今年も楽しかった。山はなんか心がリセットされるというか、ニュートラルにしてくれるというか、とにかく、いろいろいい。ヨセミテかぁ~、いいなぁ~。

いつの日か・・・。

 いつの日か、「何か特徴があれば、普通のラウンドなら出ると思います。一番あるといいのが、やはり飛距離ですね。ドライバーの飛距離だけは教えることが出来ないし、コツというか素質に近いものがありますから。30歳ならそこそこ飛ぶと思いますが。あとはやはりショートパットは上手くないと出ませんね。絶対に入れないといけない距離を外さないということが大事です。1m20以内をカップの真ん中からや外側から内側から入れる練習をしてください。カップはボール3つ分はありますから。そういう面白くない練習をきちっとしないといけません。あとはアプローチですが、わざわざ難しいアプローチをしないことです。手前から転がせるのにサンドでふわりとかいりません。クラブはなんでもいいので転がしを覚えることが近道です。入るときもありますし。ピンチやライがいいときだけ上げましょう。ショートパットと転がしのアプローチがあればロングとミドルでダボることは少ないと思います。問題はショートホール。バックからラウンドするときには200y前後のショートが2つはあります。ここをどう乗り切るかが、意外と鍵です。長いショートでトリプルなんてのはよくある話です。その付近のクラブセッティングをしっかりすることが大事です。私の場合はアイアンが得意ですし、低い球が安全なのでユーティリティーは入れてません。3Iと4Iを使ってます。基本5Wは使いません。3Iで210yほどですが、220~230yあっても3Iで打って行きます。グリーンに乗せないといけないということはないんです。それを、知ってる人は強いです。基本的には知ってるコースをラウンドするでしょうから好きなホールはしっかり攻めて苦手なホールはボギーで抑える。そういうメリハリがあれば70台は出ます。ボギーを7つ許されますからね。最初の一歩目としていかにダボ以上のスコアをなくすかを考えてみるといいです。全部ボギーでもいいですから。ラウンドが終わったときにダボ以上打ったホールで何が原因でそうなったかを詳しく書き出してみましょう。そうすると練習の方向が見えてくると思いますよ。」な~んて言ってみたいものだ。

 かなり、このアドバイスは的を得ていると思うが、まだまだ、80を切るのは遠いだろう。遠いだろうが、遠い遠いではただ遠いだけになる。芹沢プロも言っていたが、「上達を本気で望まない人は絶対に結果はでない。」と。これは、何もゴルフだけのノリじゃない。仕事も同じで、本気じゃない人は動かないし動かない人は思考していない。思考していない人は創れないのループから抜けられないからという「原因と結果の法則」でしょうね。いつまでも100の切れない人はまだまだ「本気」が足りないのだろう。いつまでもつまようじで空腹感を満たしている武士達も同じ。本気になれば、100も切れるし、美味しい飯も食えるんだ。この本気でいつの日か、絶対に80を切る。

 アドバイス通り1.2mは絶対に入れるS.キャメロンの練習と3鉄のコントロールショットに磨きを!

なんとも愛らしいキャラです。

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 なんとも愛らしいキャラが、こうもヘビーなテーマをユーモアあふれる物語にしてしまうのですね。薄くてチープな本なのに、この存在感。うん、秀逸です。今、あるタイミングで、自分自身のデザインの仕事の価値について毎日かなりの時間格闘していますが、このようなタッチのこのようなフィーリングの絵本はこの火にいい油です。結局、エネルギーの少ない創り手では生まれるデザインも貧デザインになります。ただ、世の中的には実は「貧デザイン」も「富裕デザイン」も求めら得ていますし、私がこの書籍を買ったベクトルとは異なるベクトルで価値判断のジャッジが縦横無尽に交錯しているのもリアル。でも、やはり、根本的にエネルギーは必要なんですね。デザインとエネルギーの関係性はまだ明確にまとまっていませんが、ここがひとつの格闘するステージ。しかし、デザインの仕事の多面さを繋ぐには「ハブ」も「接着剤」も「ケミカル・リアクション」も必要。「自殺」と「うさぎ」のケミカル・リアクションに負けぬよう、しっかり化学式を書き出したい。

暑いはず・・・。

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 仕事場は28℃だが、会社の入口を登った踊り場ではなんと44℃!これは暑いはず。この暑さだったら車の精密機器も誤動作を起こすだろうし、タイヤが融解してもおかしくはない。お盆休みを経て少しは涼しくなっていくのかと思っていたが、さらに暑さは厳しくなるばかり。どこまで続くのかこの猛暑。一週間予報を見ても嵩のマークはない。日本の夏はいつ頃終わるのだろう。体力勝負の夏です。まぁ、体力も気力も大丈夫ですが、健康管理にはより神経質になってしまいます。

 暑さでか酷使でか知らないが最新のパソコンとモニターがそれぞれ救急病院に搬送された。モニターはどうやら他界されたようだが、最新マシンは治療を受けて戻ってきた。自分の身体以外にもパソコンとモニターの健康管理までしなければいけないとは・・・。ま、これもデザインの仕事術のひとつになるのかな。

うさぎは生き急いだのか?

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 なかなかいいぞ、うさぎちゃん。この絵本は買いだろう。

たったひとつの真実。

 検索エンジンに対してSEO対策と逆SEO対策というのがある、これはそもそも上位にヒットさせることでヒット数をあげより多くのユーザーにWEBサイトに訪問していただく手法で、それに対して、昨今の風評被害に対してダミーページを作成して上位にヒットさせないテクニックのことを逆SEO対策と言う。この流れに対してグーグルのエンジンは価値のないと判断させるダミーページをヒットさせないアルゴリズムを開発してブラッシュアップしているということなのです。う~ん、天下の検索エンジンがこの状態に追い込まれるってことはよほどのいたちごっこだ。ここにどんな真実が潜んでいるのだろう。

 また、SNSについても盛り上がっていることには間違いないが、個人情報の規定や文章のルールなどがより厳しくなり制限されるフレーズや言葉のチョイスが限定される方向だ。本来の自由な書き込みが人気のSNSやパーソナルブログの利点が裏目になる構造。ということは、ルールや法則を無視しては何も書けないということになり、自由な表現は失われていく。自由に書けないなのならこの中に充満しているテキストや画像はどのような価値として捉えればいいのか。SNSやブログの中にある価値を探すのは至難の技。ここも逆にこの中には実は価値などなく、すべて本体に対する真実に対するダミーだと捉えてSNSやブログやWEBサイトに対してその中にあるたったひとつの真実を見極める目力がユーザーに求められているということになるのではないか。

 さらに、例えば、ネットを検索してより安価な商品を探そうとする。英語版は販売のシステムが充分に理解できないから日本語圏内の検索に落ち着くが、それでも、ひとつのキーワードを叩けば、有名無名のオンランショップがヒットして一般的な小売価格帯を上限に探せば探すほど商品の価格は下がっていく。価格だけを検証したいのなら、中古価格帯から趣味で奉仕している価格帯まで検索を始めると、上限であるメーカー小売希望価格がいつのまにか限りなく「0円」に近い数字に下がっていく。検索すればするほど目的の「安価な価格」には辿りつくのだが、さて、本来、その商品にある価格帯の貨幣価値を感じて買おうと決めていたモチベーションが検索すればするほど0円になってくと、その商品に対する興味も激減してく感覚はなんだろう?検索している途中に商品に対する価値判断が変化していくような感覚。検索すればするほど興味が減っていく。合わせて、安価な表示をさせているサイトに対する信頼感も有名サイトから無名サイトに切り替わるとこの「信頼度」も崩れていく。つまり、ネット検索をすればするほど、そもそも持っていた商品に対する「価値」も「期待値」も「販売主への信頼度」も下がる結果になる。この逆はない。ならば、自分の感じている貨幣価値で商品を購入する方が正当だと言えないだろうか。より安いを探究する意欲が商品の価値を結果下げているとしたらこのネットの仕組みはいかなものか。

 この仕組み自体はそもそも価値をフラット化するために均整化するためにというデベロッパー達の意思があったと信じて疑わなかったが、実はたったひとつの真実は「価値の崩壊」だったとしたら非常に恐ろしいことである。確かに、国内外の全ての人間関係がこのネットの仕組みで友好になったという割合は50%には達していないだろう。友好が生まれれば反感が同時に生まれる心の構造をネットテクノロジーはケアしてくれないということ。この部分、これからビジネスに学業にライフスタイルにネットを活用する世代にどのように伝授していくべきかと考えています。これも前の世代を生きてきた人間の責任なのかなと・・・。

8合目。

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 4回目(4年連続)の富士山アタックでしたが、8合目までなんとか到着しました。世界遺産ということでかなりの混雑を想定していましたが、富士宮口は昨年と同じぐらいの登山客数でした。天候は良かった方ですが、ガスが常に発生していたので、景色はあまり楽しめませんでした。まぁ、山のことなので仕方なし。昨年の下山中の雨と比べたらとても快適な登山でした。まぁ、腹八分目という言葉もあるので、「富士山八合目」ということで今年もとても楽しかったです。

無料セミナー

 クラウドが世の中の知を掘り起こしている。ネットビジネスにおけるテレビメディアの取り組みが熱い。テレビのシステムがいかに重要で価値があるかという証だろう。結局ネットビジネスの構造もそこへ向かうということなのかもしれないが、ちょっとその仕組みが違うように思える。前モデルが一極中央集中型だったのに対して現モデルは分散多様型とでも言おうか。誰もが写真画像・映像画像をクラウドにアップロードさせるツールを手にしてどんどん水が蒸発して巨大な雨雲も形成する。地上と空中の温度差化がハリケーンを生み気候に変化を及ぼす。それが雲ならば自然のルール・法則で雨になり地上に降り注ぐが、クラウドのキャパは無尽蔵だ。それは人間の欲のように。どこかで一気に降り注ぐのか、雲の中でそれを制御することが目的なのかは地上では分からない。地球を網羅包括するネットの糸が何を絡めて何を引き上げているのか。引き上げられなかったモノは水分と分離しそのまま地層として蓄積する。この構図と構造は正にあれである。

 世界の大学の講師達がクラウドを利用して無料講義をオープンにする活動が激化しているらしい。知の放出でそのあおりを喰らう制御サイドの人達。地上に沈殿する水を欲する人達に与えられた知が脅威に変化するのを恐れているのか?パレートの法則が現実的ならば20%の人達はどこで何をしている。ネットカメラの前で自分自身の体系化した理論を発散しているのか、テクノロジーのマジックで降雨エリアを絞り込んでいるのか、狼煙を上げて雨を欲する人々を煽っているのか。無料セミナーという取り組みがこられの二面性をより明確にしているように感じる。

 発汗で体温を調整している地球上で唯一の生物は、水が生命線だ。水こそが生物の根源であり未来である。水のある惑星の神秘を何で感じるのか、この夏の集中豪雨の被害事例は何かそれをアイロニカルに比喩揶揄しているようで恐ろしい。

 つまり、ループしているシステムは様々な振幅を一定のリズムで刻んでいるだけであり、そのリズムをコントールしようとする狙いが進化と逆行した時、無料セミナーが順回転だったことを我々は知るのだろう。そりゃそうだ、天気の話題はコミュニケーションツールの鉄板なのだから。

 さて、蜘蛛(雲)からの糸(意図)はどの一本だ。

だから、WEBデレクターはやめられない。

 という切り口がある。このフレーズはWEBデレクターという仕事は世間一般的にまだまだ浸透していないが、インターネット全盛時代にWEBサイトの企画や構想という仕事からデザイン制作・コーディング・プログラムの連動・各種デバイスへの同期・更新企画戦略の立案などなど総合的な知識と知恵とスキルとコミュニケーション能力などを駆使してキリモリするこのWEBデレクターという仕事はやりがいがあり、稼ぎの点も魅力があるということを表現している。

 デザインの仕事とWEBデレクターの仕事の関係性は前者の中に後者が含まれる関係性だと私は捉えていますが、デザインの仕事となるとその守備範囲は広く、現代のビジネスモデルの主軸のひとつでもあるインターネットコンンテンツ制作運営の仕事(デレクション)というのはまだデザイン一般の仕事の中の部分的な存在なのだろう。デザインの仕事におけるWEBデレクターの存在についても明確なルールは存在しないだろうから、これから・・・という分野の仕事に入るように捉えています。しかし、これから・・・という仕事がどの段階で主軸になり、一時代を築くかという境界線は明確にはないのだから、あまり、世間一般の兆候や傾向を過剰に意識して自分自身のポテンシャルを見誤らないようにしたい。したいが、躊躇もしたくないし、できうることなら、一歩でも二歩でも先行したい気持ちは強い。情報の流れからどこのポイントが「一歩先の先行」なのかを見極めることは難しいが、確実に時代は止まっていないし、世間の大きな流れも乗り遅れた人をケアしてはくれないことは疑いようのないリアル。全て自己責任において乗るのか反るのかを判断していかねばならない。意識の中での迷いが無意識の中では結論だったり、不自然な思考の中にナチュラルなルートが見えている場合が多い。「××××はやめられない」という仕事に出会うことは幸福なことだが、原因や背景があり結果、というか現在進行形の今があるわけだから、「やめられなない」の裏にある「いつでもやめられる」と仲良くすれば、乗るか反るかのジャッジも適正なタイミングが見えるだろう。

 真実は磨けば輝くダイヤモンドではない。結合と分裂を繰り返し常に変化し続ける有機体のような存在。どの鉱脈をどのタイミングで掘り起こすのか、変化し続ける化学変化をどこで抑制するのか、研磨し続けて価値を創出させるのか研磨し過ぎてただの粉じんに変えるのか、このさじ加減が難しい。真実は生き物だ。ここを押さえることができれば、どんな仕事も「~やめられない」ってぐらい楽しいはず。

 だから、デザインの仕事はやめられない。

幸せの1ページ。

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 ふと、この映画のことを想い出す。何がトリガーだろう?とにかく観てみよう。そうそう、最近観た映画では大作もいろいろ良かったが「TED」がとても、やっぱり、普通に「いい感じ」でした。地球規模の巨大なテーマもいいけど「祈る」ということのチカラは在ると信じたい。

力強い一歩。

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 いやいや、力強い後ろ姿じゃないですか!逞しい逞しい。天候も抜群だったようですね。お疲れ様でした。ご来光はやっぱバツグンだったのでしょうね。また、ゆっくり世界遺産富士山談義に花を咲かせましょう。頑張ってきます。

FM滋賀さんへ。

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 大津のFM滋賀さんがある建物1Fです。なんと素敵な建物なのでしょう。上を見上げると吹き抜けがあり、不思議な空間でした。皆様撮影ご協力ありがとうございました。お疲れ様でした。

仮面の告白。

 今更ながら「仮面の告白」を読んでいる。この夏はなんとも変容に浸る夏だ。何故、三島に辿り着いたのか?その理由は明確なのだが、三島という存在が知識として自分の中に存在していなかったわけではないので、三島を読めるようになったことへの変容が心地いい。足りないモノが多すぎて人生は短いと感じてしまう年齢になったからなのだろう。三島由紀夫か・・・、この夏はなんとも密度が高い。

グーグルの試行錯誤。

 グーグルがプログラムの毎日改善をしていて、それは「ペンギンアップデート」と呼ばれているらしい。検索に関連する200以上の改訂項目が含まれる。ブログとの無関係化や逆SEO対策に対する根本的な対策だ。ネットの中の法律と規範を担うという大仕事になるのでしょう。また、サイトの適正な作り方についてもいくつか示唆をしてネット市場のクリア化を目指すということになるのでしょう。

 何故、こうも言葉には裏が存在するのだろう。誠意を尽くしている言葉に深層心理が隠れている。気がつていいるいないに関係なくクローラーは画一的な結果を排出してネット市場に優劣を排出する仕組みが混沌から抜け出すことはないだろう。規範を担うことになれば優位性を持つのは善意よりも悪意の方が勝ってしまうように感じてしまう。結局、人間が創り出し人間が使う万象のシステムには2面性があり、2面性があるから万象の均整が維持できているとも考えられる。

 グーグルがやろうとしてきたこと、やろうとしていることはその仕組みが複雑になればなるほど、2面性を明確にしてしまうような気がします。しかし、このままでも検索機能の不信が消えないなら、ペンギンアップデートは企業としてマストな取り組みとなる。

 私達はグーグルの真意をメディアの中の言語情報でしか知る術がないのだから、ただただ期待することしかできない。過剰な期待は真理を隠蔽させる作用もある。早く自分のフラットでニュートラルなグランドラインを見つけなければ。

エイリアン!?

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 これが・・・、

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 このように光るのです。それも、4m以内の動く物体に反応するセンサー付。3本脚を外せば強力なマグネットが付いていてどこでも装着可能というスグレモノ。なかなかグットグッド。

40歳を過ぎたら、三日坊主でいい。

 「仕事では芽が出なくとも、人生のどこかで芽が出ればいい。」という新ミドルエイジ論を書いている著者がいる。成毛眞さんというこの著者は「とにかく何でもやってみて、それから考えよ」と言っている。「日本の40代以上のビジネスマンの9割は、仕事に全力を注ぐ必要はない。私はそう思っている。」と。いくつか腑に落ちない部分があるのですが、この考えに共感を抱くということはどこか禁断の果実に手を出すような気もするし、脱力感やニュートラル感覚で見えて来る新しい世界があるのかもしれないという期待感もある。しかし、どこか捻じれているこの捉え方と切り方が現代風だと言えばそれまでのような気もする。三日坊主というニュアンスに感情移入してしまうということは芽を諦めたということになってしまうのだろうか。ちょっとどこか気になる書籍ではあるが今は他にもっと大切なことがあるので購入はスルーしておくことにする。