たったひとつの真実。

 検索エンジンに対してSEO対策と逆SEO対策というのがある、これはそもそも上位にヒットさせることでヒット数をあげより多くのユーザーにWEBサイトに訪問していただく手法で、それに対して、昨今の風評被害に対してダミーページを作成して上位にヒットさせないテクニックのことを逆SEO対策と言う。この流れに対してグーグルのエンジンは価値のないと判断させるダミーページをヒットさせないアルゴリズムを開発してブラッシュアップしているということなのです。う~ん、天下の検索エンジンがこの状態に追い込まれるってことはよほどのいたちごっこだ。ここにどんな真実が潜んでいるのだろう。

 また、SNSについても盛り上がっていることには間違いないが、個人情報の規定や文章のルールなどがより厳しくなり制限されるフレーズや言葉のチョイスが限定される方向だ。本来の自由な書き込みが人気のSNSやパーソナルブログの利点が裏目になる構造。ということは、ルールや法則を無視しては何も書けないということになり、自由な表現は失われていく。自由に書けないなのならこの中に充満しているテキストや画像はどのような価値として捉えればいいのか。SNSやブログの中にある価値を探すのは至難の技。ここも逆にこの中には実は価値などなく、すべて本体に対する真実に対するダミーだと捉えてSNSやブログやWEBサイトに対してその中にあるたったひとつの真実を見極める目力がユーザーに求められているということになるのではないか。

 さらに、例えば、ネットを検索してより安価な商品を探そうとする。英語版は販売のシステムが充分に理解できないから日本語圏内の検索に落ち着くが、それでも、ひとつのキーワードを叩けば、有名無名のオンランショップがヒットして一般的な小売価格帯を上限に探せば探すほど商品の価格は下がっていく。価格だけを検証したいのなら、中古価格帯から趣味で奉仕している価格帯まで検索を始めると、上限であるメーカー小売希望価格がいつのまにか限りなく「0円」に近い数字に下がっていく。検索すればするほど目的の「安価な価格」には辿りつくのだが、さて、本来、その商品にある価格帯の貨幣価値を感じて買おうと決めていたモチベーションが検索すればするほど0円になってくと、その商品に対する興味も激減してく感覚はなんだろう?検索している途中に商品に対する価値判断が変化していくような感覚。検索すればするほど興味が減っていく。合わせて、安価な表示をさせているサイトに対する信頼感も有名サイトから無名サイトに切り替わるとこの「信頼度」も崩れていく。つまり、ネット検索をすればするほど、そもそも持っていた商品に対する「価値」も「期待値」も「販売主への信頼度」も下がる結果になる。この逆はない。ならば、自分の感じている貨幣価値で商品を購入する方が正当だと言えないだろうか。より安いを探究する意欲が商品の価値を結果下げているとしたらこのネットの仕組みはいかなものか。

 この仕組み自体はそもそも価値をフラット化するために均整化するためにというデベロッパー達の意思があったと信じて疑わなかったが、実はたったひとつの真実は「価値の崩壊」だったとしたら非常に恐ろしいことである。確かに、国内外の全ての人間関係がこのネットの仕組みで友好になったという割合は50%には達していないだろう。友好が生まれれば反感が同時に生まれる心の構造をネットテクノロジーはケアしてくれないということ。この部分、これからビジネスに学業にライフスタイルにネットを活用する世代にどのように伝授していくべきかと考えています。これも前の世代を生きてきた人間の責任なのかなと・・・。