芸術の価値。

 テレビである芸術家が「芸術とは本来価値のないモノだ。」と言っていた。この言葉の真意はよく分からないが、この人にしてみれば本来価値のなかったモノを私がピックアップしたことで価値に変換することができたのだといいたいのか、価値があるのかないのかという判断の規範を私はこの作品で世の中に示していると言いたいのか。それとも「価値がない」というコメントに価値があるんだという相対性で芸術を語ろうとしているのか、言葉の論理は難しい。

 登山ブームで売れた商品ベスト3で、第3位は登山用のシューズで、第2位がザックだった。そして、第1位が酸素だったというデータがある。酸素?酸素は地球上に存在する価値のあるモノ。それをパッケージ化したプロダクツが市場の反応を勝ち取った。はたまた、水ブームはどうか?水も酸素も地球上にそもそも存在していたモノ。つまり、本来価値のあったモノの売り方次第で価値は強調されるということなのか。絵画・彫刻・舞台芸術・建築物・音楽・文学、全て価値の有無で判断するのはいかなものかと。

 デザインの仕事は水や酸素と比較すれば人類の生命を維持するのに必要のない、つまり、価値のないものにカテゴライズされるが、芸術と同様にデザインの価値は人間が生まれる前から地球に存在した価値ではなく、人の思考や生活が生まれた時から存在しているモノ。人の心が生み出したタイプの価値なのだから、誰かにとって価値があっても誰かにとっては価値のないものだというムラは必然。この誤差とも摩擦とも呼べるムラにこそ心の実態だと仮定すると、芸術の価値はそのムラを視覚化している成果物だとも言える。そこには英知や技術や思考が組み込まれた構造物としてのムラがあり、美しくも醜くもその存在感を示しているのだろう。