デザインハイ。

 地方にいるからなのか、どうも「アート」や「デザイン」に対する誤解に免疫ができてしまっているような今日この頃。正確には免疫というニュアンスではないのかもしれないし、年齢と共に何かが乾燥して潤いが枯渇しはじめているのかもしれない。このあたりの危機感からか、誤解をポジティブに自分のエネルギー源に変換できものかとコンバーターを探している。そんなマジックマシンはどこにも存在しないことぐらいは毎日ネットを見ていれば頭では理解している。ただ、頭と心のバイパスが必要以上に太いので、右脳と左脳の間の脳幹のように太くなればなるほど軸で考えてしまう結果だろう。A色とB色を混ぜて鮮やかになれば、輝けばいいなとは考えつつも、見事に濁ったC色を見て頭はそれを現実と認識しつつ、彩度や明度が上がることを心は期待している。

 デザインの仕事にはアドレナリンが必要だ。ただ出し過ぎると放ち過ぎたモノを回収しなければならないリスクがあり、的を定めて放出するベクトルをコントロールできなければ、アドレナリンの浪費になってしまう。どこかで落ち込んでもどこかのタイミングで上げていかなければ、長いサイクルで振幅が0になる。心拍数のパルスのように血圧のように上限と下限のバランスを良好に維持しながらのデザインハイを自分のモノできるかできないか。

 プロだからモードに入るのは簡単だ。自分の入口をたくさん知っているし、スイッチもたくさん持っている。ただ、適正なエネルギーの放出を見定め出口に向かうタイミングやスイッチをOFFにするのが難しい。燃費は良くなったと思っているし、意外とハイブリッドにハイをキープすることも得意だが、エンジンを止めキーを抜くことも会得しなければただの消耗だ。生み出さなければ壊せないこともデザインの使命。