手書き

 「手書き」で一旦頭の中のモノを描き出すという作業はいろいろなメリットがある。こんな時代だから、手書きもタブレットのタッチパネルでさらさらが旬かもしれない。スマホのアプリで見事なリアルタッチをテレビで披露していた人がいたが、つまり、そういうこと。上手い人や描ける人は道具はなんでもいいのであって、その映像を見て同じアプリをダウンロードしても同じ絵は描けない。描くというこはそういうこと。

 手書きよりもパソコンやタブレットでデジタルデータにすれば「早くてキレイ」という先入観があるが、それは、描けない人がそれらしくできる補助機能を指して「早くてキレイ」という価値。イメージできて描けるならば紙と鉛筆がベスト。なぜなら、OSが起動する前に2~3枚描ける上に、手書きのスケッチにはソフトやアプリで描けない情報を直感で紙面に記録できるから。ましてや、アイディアはどこでも出て来るので、パソコンやタブレットがない状況でも「手書き」は有効なのだ。

 「手書き」のラフスケッチとは表現手法上のテクニックであり、デジタルデータとは比較できない重要な情報とディテールの集積なのだ。アナログだからデジタルだからと過剰に気負う必要はない。どちらも活用すればいいし、どちらも利点がある。

 スタイルを極めるということやセンスを追求するということは選択肢を収束することではなく、広いレンジの中から一瞬で適正な方向性を判断できるかで、狭い視野と偏った感性で同じ答を出し続ける意地ではない。その状況、リセットするのかしないのか?諦めないのか諦めるのか?突っ込むのか放棄するのか?判断する時間が短いほど伝導率が強い。

 白い紙に鉛筆で描くラフスケッチのようにマウスとキーボードでグラフィックソフトを自由に操れたらそれはモノホンのツールだ。