「うつ」は確かに・・・。

 「とにかくうつがひどくて毎日が辛い。」「夜は眠れないし、朝起きるのも辛くてたまらない。」「毎日不安に押しつぶされそうになる。」「いつ治るのか、いつ働けるようになるのか不安でたまらない。」「もうこのまま治らないのでは・・と不安になる。」「実は、うつから抜け出すことは、あなたが思っているよりもずっと簡単なことです。」というメルマガが到着した。いつもの感覚ならそのまま削除するのだが、改めて「うつ」について考えてみた。よくよくその突然のメルマガを最後まで読んでみると、自分自身がいくつか同じ気持ちになったこともなくはない。そういうことは他人のお話だと自然に見切れている時はなんとも感じないのだが、これも何かのタイミングで、ふとひかっかったようだ。不安で夜眠れないということが自分の人生で1日もなかったとは言い切れないし、不安で押しつぶされるような気持ちなったことが1回もないとは言えない。そんなひっかかりと「あなたが思っているよりもずっと簡単なことです。」と言われてしまうと、というか、このライターはあなたがどこまで考えているのかを知っているような大前提がある上、その大前提で「うつ」をどう抜け出させてくれるのかという期待さえ抱いてしまった。「うつ」で体調を崩したりモチベーションを失ったりする話も聞くし、現実問題、「うつ」で仕事を失う人もおられるはず。相対的に比較すれば私の不安など軽傷なのかとも捉えるが、絶対的には何と相関させるか?だから、健康・健全に過ごしていても、恐らく「うつ」とは表裏一体のような気もしなくはない。

 逆に私が怖いのは「躁状態」だ。これは意外と厄介である。心の特性上、躁鬱は自然の摂理だろうが、心は柔軟だから心なのだと捉えても、辛い時は辛いし、嬉しい時は嬉しい。というのは、この感情の感性のコントロールがデザインの仕事にはとても深く関連しているからだ。デザインの仕事に限らず、他の仕事でも同じなのだろうが、心の在り方、心の状態がデザインの着想や企画のイマジネーションに結構深く関連していると最近気がついた。今更!?みたいな感覚なのだが、改めて整理していると、ほんとに気づくことが多いし、今までそれに何故気がつかなったのかとさえ思えるような驚きの連続なのだ。実際に「うつ」や「躁」と思わなければなんでもない些細なことが、意識すると深部が見えてくるみたいな。つまり、そういうスピード感覚で日々の仕事に取り組んでいたということなのだが、気がつくということは嬉しい反面辛い面も露呈するのだ。向き合うか向き合わないかは自分次第だが、結果、性分として、「明日は明日の風が吹く」と捉えてしまうタイプなので、なんとか自分の心と上手くつきあえてこれたのかなと感じている。逆にこの性分を崩すのに苦労している結果が実は「うつ」なのかなとも考えている。