不可能。

 「不可能を可能にするためには何が必要か?」才能か?努力か?幸運か?全て必要だったと不可能を可能にした人達は口を揃えて言っている。「不可能だと自分で決めて行動をしないだけ。あらゆることが不可能だと決めた瞬間に本当に不可能になる。」とも言っている。「不可能」と「可能」の間にある谷は実際どれぐらい深いのだろうと最近よく考える。捉え方として「不可能」ではなく「無謀」と捉えれば「不可能」のニュアンスは少し和らぐような気がする。「可能」という言葉選びも「伸び代がない」「期待値がない」「無難な想定内」と捉えてしまうと、現実的過ぎて「可能性は私には必要ありません。」と保守モード全開、置きに行く感じ満載の微弱なニュアンスに陥る。

 あれ、これはもしかして「不可能なのかな?」レベルがちょうどいい。しかし、想定内から抜け出す思考術は長年の悪癖に引っ張られて至難である。至難であるが故に「不可能」に向かうのだが。さて、自分にとって「不可能」な事柄を整理するといろいろ出てきた。荒唐無稽な破天荒なモノもあれば、実現したいがアウェイエリアになりそうで警戒してしまうレベルのことなどなど。全て今現在は「不可能」なことかもしれないが、常に世の中は変化し状況も変化している。私とて世の中の変化に対して追い風の時もあればアゲンストの時もあったが、変化と相性はいいと思い込んでいる。変化が大好物とは言わないまでも、変化こそが全ての原理だと捉えているので、今こうしてそのことをブログに書き出していられるのだ。

 さて、この私に「6キロのブラックバスは釣れるのか?」レベルのことから、ライフプランのメインビジョンまで、不可能とは捉えずに、緩くしなやかにトラップをクリアしていこう。