ひと味違う!?

 よく商品のキャッチコピーや売り文句に「ひと味違う!」というフレーズが使われる。「ひと味違ったデザインフォント」「ひと味違った写真素材」など。ゆるく捉えれば「個性的だ」とか、「オリジナリティーがある」というニュアンスで捉えることができるが、じっくり考えてみると「ひと味違う」は摩訶不思議な表現である。まず、何に対してどの程度の違いがあるのかについては全く不明だし、ひと味違うからどうなのか?についても「投げっぱなし」である。しかし、好意的に捉えるモードになれば、プラス要素として捉えられなくもないが、疑心が渦巻き始めるとマイナス要素にしか捉えることができなくなる。

 このような広告キャッチフレーズはとても多い。コピーライターが市民権を得てから、特にこのような現状が起こり、広告業界もメディアの世界もこのテイが百花繚乱だ。しかし、今一度、この「だろう路線」と「希望的肥大過剰好感度解釈」の落とし穴を、探究する時代なのではないだろうかと考えている。その理由は、その希望的肥大過剰好感度解釈の落とし穴にはまり、抜け出せず骨になる人が多いからである。その穴が結構深いのである。墓穴を掘るという言葉があるが、人の掘った誰かの穴に落ちたなら、
それは墓穴ではなく落とし穴だ。そりゃ、シカマルが掘った穴に落ちていったヒダンは当然の報いだが、一般的にあの仕打ちはできるだけ回避したい。

 落とし穴にはまり、思考を閉ざし、心を閉ざすことにならぬよう、穴が見える眼力を鍛えましょう。