傾向

 どんな状況でも傾向がある。カオスという言葉があるが「混沌」もひとつの傾向だ。また、歴史上の金字塔を列挙にも傾向がある。原理や原則に真理があると頭で理解していても、日常生活レベルのディテールにそれらがどこまで影響しているか認識レベルでは割合的に非常に少ない。相対的にも絶対的にも「少ない」と収束することは危険だが、実感として私は少ないタイプなのだ。しかし、原理や原則は確かにあり、万象に密接につながっている。ならば、つながっていることを意識するのかしないのかを何に対してどのように影響させるか、関連させるかで生活面や仕事面で生み出される成果物の精度が決まるのだ。つまり、個人差の「傾向」こそがもうひとつの真理だと僕は捉えてる。強い意思と意識が全てにリンクしていることを踏まえて、傾向をコントロールできれば、成果物を自由に操れる、操りたいという意識だ。
 いや、傾向に対して、確率や分布や属性を適用し精査することも大切な半面、その裏(表)にある個から生まれる傾向もコントロールしなければ、的を得ることができないのだ。的とはつまり「人生」である。
 例えば、「好きな仕事をしたいが好きな仕事では生活がままならない。」という人がいる。この場合の「好きな仕事」とはどんなフレームや属性で規定し、自分の座標のどこに配置すればいいのだろう?と考えみる。「好き」に関連する世の中の傾向と、自分の中に蓄積してきた「好き」の傾向の間になんらかの誤差や摩擦が生まれ、好きな仕事への情熱や思考や技術が成立しなくなったのだとしたら、その誤差や摩擦を適正に解消すれば自分の正しい傾向が生まれるのではないだろうか。そして、その裏にある「好きな仕事で生活する」というタイプの人は「好き」に対する意識が「ままならない人」と比較して真逆の捉え方をしている傾向がある。つまり、表が裏であり、裏が表なのだ。誤差と摩擦から生まれる葛藤やジレンマを孤立させることなく、表裏一体と捉え、自分の中で自由に融合させ操ってこそ、表と裏が同期する。このバイアスは万人の万象に強く影響を及ぼしているはずだ。だから、今まで探究してきたし、これからも探究していく。傾向とはエネルギーが通るルートなのだから。