思考意識

 「只今、考え中!」という意識のオンとオフを制御するためのスイッチは身体(心)のどこにあるのだろう?有益無益、正誤、趣向など人は日常生活においてさまざまな思考を繰り返している。「人生は思考の単純化で成立している」という言葉にリアリティーを感じるのだが、単純化するための主な目的は「優位性」が大きな基準値になるだろう。基準をどこにどのようにどのタイミングで設定するかという「前提」があり「仮説」がうまれ、意思決定がくだされ信号の発信部である脳が部位(身体)へパルスを送る、この繰り返しにおいて、「考える」という行為を自己の中でどのように再認識し客観性と注視力を作用させればいいのだろう。スイッチは何個あれば適正なのか?トルクはどのようにキープするのか、エネルギーはどこから調達すればいいのか、そして、その思考はどこが源流なのかということが、「考え」の大まかな構造だろう。構造が理解できたらあとはディテールだ。数多の情報から適正なソースとパーツをプレパラートに置き、レンズを覗く時、そこに見える世界からサインとノイズを分ける単純作業。あらゆる行動へのパルスはこの単純作業後のアウトプットである。私のメンタルとスキルを縫合・包括するtemperamentは何をインプットしどこへ向けてアウトプットするのだろう。たかが思考力、されど思考力。