ナポレオン・ヒル

 巨万の富を手に入れた人々の言葉は一見、真実値が高いように思える。道理は簡単、自らのリアルな成功体験をそのまま記述すれば紛れがないのだから。とある基準と比較して成功したから「成功への軌跡」が成立しているのだ。ほぼ99%この視点は小さい「妬み」なのだが。では、成功体験とは無縁だった巨万の富をその人生の中で獲得できなかった多くの人達の言葉はどこに残っているのだろう。ヒルは「思考が現実化する」条件は万人にあると言っている。それは間違いではないだろう。しかし、言葉を残せる人には、類稀なる思考術があり、その思考を人生の中で実行したからだけではない、別の理由があるはずだ。この思考はすでに私自身のバイアスを帯びているから、世界有数の書籍に意義を申し立てるわけではなく、私自身の「読書感想文」として書いているに尽きる。確かにヒルの言葉はヒルの真実として世界中の多くの人に受け入れられ、多大なる影響を与えたという事実は事実。その中に、ベルがいてエジソンがいてとなれば、誰も有無を言う隙間はない。巨万の富をその手に入れた人間の頭の中からあふれ出る言葉を、私自身の器で受け取れない故の拒絶感なのだ。そんな、時にヒートアップしながら、時にクールダウンしながら、ヒルの言葉は自分の意識の中に存在しない、どこか未知の部分を痛烈に刺激する。「現実化する思考」ならどうにか自分の意識の中で処理できるのだが。