女性社会進出の起爆剤

 甚だしいことこの上無い。女性の社会進出の起爆剤がなどというポジションで何が語れることか。男性と女性の社会的地位がなどいう教育認識レベルであることが根本的に経済・文化・教育を失速・失墜させていていることに何故ポジショニングしないのか?男性だから女性だからと「後付け文化」「たられば理論」が論理のベースではどんな起爆剤も無効だろう。改めてラーソンのポジションこそが本来のニュートラルポジションなのだと痛感する。