人手不足

 いろいろな業種で「人手不足」が叫ばれている。医療・教育・建設・文化芸術・製造業などいろいろな分野の業種で後継者の質が低下していると言われている。一方、政治は雇用を生み出そうと予算を配分しているが現場でその予算が有効に機能していないと言われている。すべて「言われているレベル」のうわさだが、メディアや活字の中で連呼されると、ワールドカップの日本チームへの期待値と同様に、リアリティーを感じる。流言・デマなどのノイズもあるだろし、サインも確かに存在しているだろう。そもそも「仕事を得る」というスタートラインから誤認だとしたら、「仕事をするための技術」だけ習得すればいいという意識に陥るだろう。ビジネス実用書や成功事例に見る「仕事は創る」ものだという意識はどのあたりのポジションから捉えればいいのだろう。「仕事がない」から得られないという意識が「人手不足」の要因になっているとしたら、一体どこから改善すればいいのだろうか?その改善方法は「仕事のできる人」人に直接倣うしかない。しかし、どんな経済不況でも「逞しい」「独創的な」「タフな」人がいる。スタイルをしっかり構築している人達である。プロフェッショナルと呼ぼうが、エキスパートと呼ぼうが、職人と呼ぼうが、この人達は関係ない。何故なら「仕事ができる人」だからだ。仕事ができる人にクリスマスツリーの電飾も、首から下げている認識票も、ジャケットの胸に光るピカピカのバッチは必要ないのだ。自分自身の中にしたためた自分のためだけの巻物があればいい。まして、「野次」などただの敗北宣言だ。自分がプレイヤーでないことを公言し自分の存在を保守するための宣言のようなものだ。当然、責任などないから簡単に謝罪する。そして、自分の記憶力の微弱さを安易に露呈する。

人手不足とは、雇う人と雇われる人の関係性にその原因があるようだ。