2014年07月 アーカイブ

働かないオジサンの給料はなぜ高いのか?

 「働かないオジサンの給料はなぜ高いのか?」というタイトルの書籍があったり、このテーマの講習会やセミナーが注目されている。若い世代のニートやひきこもりが通念化したから次のテーマがこれなのだろう。「働かない」としか捉えられない未熟な視点に格差の原因があるのでしょうね。この深い谷のが言わば日本の熟練者とパートタイマーの間に横たわり、継承するべき知恵やノウハウが定着できず浮遊し往来を隔ている理由なのだろう。「給料の高さ」の水準だけ確保しても、「給料の意義」の水準は二の次なのだ。
人工が減り、海外の人材が流入し、市場はさらに多様化・国際化する。政府の援助を受け続けている自治体の行く末は、「給料の高さ」では現状維持できないというのに。「働かないオジサンの給料」のことはもういいじゃん。もっともっと、世の中が個体レベルで自律しなければいけないのだろう。

F50号キャンバス

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 本日、F50号の張りキャンバスが到着。ひさびさの大作を描こうと思っています。気まぐれと言えば気まぐれだし、魂を込めてと言えば込めてなのだが、ごくごく自然に今回は50号かなとひらめいた。描こうと思ったのもいろいろ考えることがあったからだし、テーマや設計図は勿論、すでに頭の中に完成している。タイトルは「LALA」だ。そう考えていたからか、丁度、「湖国を描く絵画展」という滋賀県の公募展のチラシを発見した。別に搬入までに納得する仕上がりでなければ出さないが、間に合えば出そうと思っています。私自身、これまで個展をしたことはないが、いずれこのような気持ちとテーマが明確になり、次の作品を自然に描きたくなったら作品は増えるだろうし、一貫性を意識できるテーマが頭に浮かべばその気持に順回転で描けばいい。私は個展をしたいから、無理に作品を描くタイプではないので、テーマやタイミングに対して無条件に反射できてこそ絵だと思っています。
 F50号を描くのは20年ぶりだからとても楽しみです。

梅雨が明けて

 どうやら九州は梅雨が明けたらしい。昨日、仕事で草津に行く途中、湖岸道路沿いの気温計を見たら38度を表示していた。いきなりの夏日に、いよいよかという感じ。車内の気温計も34度を表示していたかぐらいだから(いつも外より少し低い)、道路沿いのセンサーが直射日光を受けて38度を感知したのだろう。琵琶湖湖畔も恐らく梅雨は明けたようだ。そんな日に屋外での作業は辛い。凄い体力だなぁ~と関心するのは、道路で上下制服(長袖長ズボン)とヘルメットを付けて道路工事の交通整理をしているおじさん達だ。もし私が照りつけるようなアスファルトの上で、一日中、交通整理をしたら、数時間でダウンだろう。最近、50歳になったことを過剰に意識し過ぎて、「体力低下」を言い訳にダラダラした気持ちや行動になりがちだ。だから、梅雨から夏への気持ちと体調のスイッチングをしっかりしたいです。
 映画「アナ雪」がロングラン上映中のDVDの予約は異例らしい。雪の女王でも観て、涼しい気持ちになろうかな。
 昨日、「マーニー」を監督した麻呂さんが映画の公開に向けての宣伝番組に登場していたが、あの独特の風貌と絶大なる天才肌のクリエティビティー。宮崎さんが認めたジブリの次の看板男はいったいどんな作品を創ったのだろう。予告編を観たが涼しそうな場面だった。
 また、スカーレット・ヨハンソンの「LUCY」という映画が近日公開予定。人間は脳を10%しか使っていない、残りの90%が覚醒すると・・・というテーマの物語。ディップの最新作もちょっとテイストが似ていた。つまり、人間の能力の限界点を描いている。この視点で「LUCY」ではどのようにこのテーマを描いているのだろう?楽しみ。

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 とにかく、梅雨が開け暑い夏が始まった。つまり、1ヶ月後の富士山アタックに向けて調整開始という段階なのだ。

Pros/Cons(賛成/反対)

何事も二者択一の世界は分かりやすい。YESとNOで明確にモノゴトを判断すれば潔い。イザナギとイザナミ神話のように。しかし、社会は常に非合理的で流線的だ。だからこそ明確さをもとめるのだろう。幾何学の整然とした配列に白と黒の明確なコントラストに便宜上の方程式が導く答に爽快感を覚えるのは、あまりにも社会が非合理的で動的だからだろう。細い穴をすり抜けて落ちる砂時計の砂のように、真実は重力の作用を受け、上から下へ落ちる。その様を時間が制御しているように、重力と気圧が思考と行動を制御している。