匠の技

 100年以上職人が培ってきた匠の技がある。歴史や文化を支え私達の暮らしを支えてきた匠の技だ。ふと、私自身はそれらの匠の技を継承しているのだろうか?という疑問が心に浮かんだ。モノヅクリ、デザイン、アートに関する仕事を続けて来たが、次の世代に伝えるような匠の技があるのだろうか?と。伝統工芸に携わっているわけでもなく、第一次産業に精通しているわけでもなく、デザインの世界でただ試行錯誤し、常に新しいテクノロジーや市場のニーズに呼応・順応することだけを目指してきたが、これらの展開は日本の匠の技と比較したとき、意味や価値があったのだろうかと。芸術の世界は古来の技と精神的な意図や概念を根底に捉え、現代のニーズにマッチした価値を生み出し続けている。さて、デザインの仕事の場合はそれが何に相当するのか?「匠の技」というフレーズを前にして、改めて考えることが多い。恐らく、若い頃ならば「匠の技」の世界について、無関心でいても、目の前の小さな目的をクリアすることで精一杯だったから自分の思考のサイクルも小さいスパイラルでよかった。しかし、年齢を重ねる毎に、いや、年齢を重ねたからこそ、「匠の技」という言葉の芯の部分が、自身の心の芯の部分と呼応している感覚なのだ。過ぎた時間は戻らない。しかし、後悔の念は微塵もない。ただ、自分の中にある技とは?という疑問に対する解答を整理する年齢になったのだと捉えている。ただ貪欲に邁進した20代、僅かな経験を基盤により高みを目指した30代、持ちうる行動力と創造力と思考力で期待に答えてきた40代。そして、50歳になり、改めて自分とは何者なのだ?という疑問を引き寄せている理由。当然、答はまだ何もない。こうしてとりとめのない文章に書き出しながら、その答に少しずつ歩み寄ることができたらいいなと書き出している。
 
 私の最初のデザインの師匠は東北での宮大工のキャリアを捨て、デザインの世界に入られた方だった。私が東京を離れる前後に師匠も茨城に工房を構え陶芸の道に進まれたと聞いた。恐らく、師匠も50歳という年齢で何かを気づかれたのかもしれない。人間が50年という時間を生きると、オートマチックに起動・発動する「匠のスイッチ」があるのだろうか?半年たらずの短い期間だったが、師匠のマンションで実感したいろいろな体験が私の中に「匠のスイッチ」としてインストールされ、時限爆弾の赤いデジタル数字が「匠」へのカウントダウンを始動したような感覚だ。

 今、外は雨。師匠の曙橋のマンションに始めて伺った28年前も雨だった。