たくさんの友達。

 日本の人口が1.2億人。各県単位、市町村、または会社組織に自治体、各学校の学年単位から、親戚関係など様々な規模(人数)の属性があるが、SNSでよく使われている「たくさんの友達」とはどの程度の規模を指すのだろう。石器時代、ひとつの部族はマックス150人だったらしいし、アフリカなどの原住民の部族の単位は30~100人単位。核家族化が進みひと家族が3~4名、3世代なら4~6名となる。この規模で現代人は仕事をして日常生活を過ごしている。
 さて、この現代の「たくさんの友達」とはどれぐらいの人数だったら一般的に心地いい数値なのだろう?SNSの中の友達の数、ツイッターのフォロアーの数、実際記憶しているリアルな友達の数。「友達」の価値を決める優先事項が「よりたくさん」ではないはず。さらに、インターネット上の「知人」を「友達」と認識するための条件とは何だろう?お互い「いいね!」を一回でもスタンプしたら「友達」なのか?お互いラインのIDを持ち、端末同士つながっていれば「友達」なのか?原始の時代、文明もなく大自然の中で暮らしていた人々のコミュニティーの単位は150人だった。そこから人間の本質は変わっていないのだから、当然、具体的に意識できる人数は現代でも150名ぐらいだろうと思います。進化したの文明なのですから。さらに、その中で自分の「友達とは?」と目をつぶり頭の中に浮かぶ顔は7名ぐらいだ。この数値が多いのか少ないのかは気にしていないし、「友達の数」をそもそも気にしても仕方ないと思っています。さすがに「友達0人」は厳しいかもしれないし、私が「友達」だと思い込んでいるだけで、相手にしていればただの「知人」だということも充分にありえる。だから、結局、「友達のたくさんさ」を気にしても仕方ないのです。
 つまり、「たくさんの友達」というフレーズを突き詰めて考えると、曖昧であり正解はないので、気にしても意味がないという結論に落ち着くのです。
 原始の時代、さて、「友達」という価値観はあったのだろうか?もしかして、「友達」も文明のワンピースかもしれないですね。