何故?本を読むのか。

 よく「スギノさんは何故?そんなに本を読むのですか?」と聞かれる。理由は明確で本が好きだからである。仕事で学校に行くと、昔(小学校や中学校の頃)の感覚が蘇り、自然に図書館を探してしまう。今日も中学校の広報誌の打ち合わせで中学校に行ってきたのですが、広報の編集会議が図書館で開催された。15分ほど早く事前に担当の先生と軽い打ち合わせをするために行ったのですが、必要な校正を渡したらそのまま編集委員の皆様が到着するまで図書館にいた。ベストセラーから専門書や中学生向けの図書がならんでいる。本棚に整然と収まっている書籍を見ているだけで気持ちが高揚する。知っている著者やまったく知らない著者、日頃から気になっているテーマ・分野の書籍から、興味のないジャンルまで、図書館にいるだけで心地いい。ひとつアフリカの奴隷が主人公のノンフィクションを手にする。嵐の大西洋。船の倉庫に押し込められた47名の黒人奴隷。勇敢な主人公は鉄の手錠を付けられた素手で、船の床のゆるみかけた釘を抜き出すことに集中する。力を込めて釘を捻るために指の先は切れて血が出てもなお、力を込め続ける。血だらけになりながら釘を床から抜きその釘で手錠を外し、他の黒人達の手錠も外す。そして、怒れる黒人達は倉庫のドアをやぶり、白人達を・・・というところで編集会議の時間となり、その本を棚に戻した。
 もし、打ち合わせとか仕事でなければ、そのまま図書館でその物語を最後まで読みたかった。
 本が好きだから、本を読むのです。それが空想でも史実でも記録でも独り言だとしても、本はいい。何故ならすべて完結させている(完結させようとしている)美しさと心地よさがあるのです。と同時に完結できなかった著者の悔いが文中のどこかに必ずあり、その悔いを読者は引き受ける責任がある。それも含めて本の魅力です。
 主人公の黒人はその後、自由を取り戻したのだろうか?