羅生門

 小説「羅生門」を引用した国語のマークシート形式の入試テストについて、ある著者が独自の考察・分析を述べていた。
 薄暗い空間、多くの屍の中で力なく佇む老婆。老婆は女性の死体から髪の毛を一本一本抜いていた。という場面で、その光景を目の当たりにした主人公が老婆に対して何を感じたのか?という入試問題が事例としてあげられていて、解答には4つの選択肢があった。いつの時代からか入試テストの正確性を高め、効率化・システム化する目的で導入されたマークシート方式に対する著者の考察・分析である。
 自身、何をどう振り返っても本確的な大学受験に対する勉強を経ているわけではないので、あまりマークシート形式のテスト問題に対する是非に興味はないのですが、その著者いわく、出題者の傾向として3番目に正解を設定するケースが多く、正解に迷った時は3番目という作法があるらしい。また、国語の問題文に具体的な内容があればそれは不正解への誘導であるという作法もあるらしく、本来の長文読解能力とは無縁のこの「どうでもいい作法」の存在にまず驚いた。
 さて、主人公の感情を明記した4つの解答例があったのですが、それも私自身、これが正解だという決定打に欠けるものばかりで、これかな?というニュアンスの解答を選択したのですが、その答はこの問題では不正解で、広義的で最大公約数的などうにでも捉えられる答が正解となっていた。4つの答をここで抜粋することは割愛するが、この正解文を納得することはできなかった。私の国語力の未熟さがそう判断させていることに他ならないのですが、にしても、しっくりこない正解文だった。
 著者が描く世界観を出題者の捉え方でひとつの正解に導く、しかも、たった4つの文例でという、正解選択型の能力を得て、それを何に応用するのか?という疑問だけがその一節から残り、その後、書籍を読み進めるも釈然としないそのマークシート形式の問題の下りが尾を引き、まったく、その一冊は残念な読後感に終わった。結果、著者は最近の学生の長文読解力の低下を嘆きたかったのだろうし、そういうマークシート形式で能力の優劣を決めている日本の教育システムを否定したかったのだろうが、その前に、「羅生門」という作品の魅力の読解力のイロハについて書いてほしかったという気持ちだけが残った。しかし、この部分は著者の気質なのだから、そういう本を選択したのは私なのだから、何をどうこんなところで愚痴っても仕方がないことなのですが、このタイプの「残念な感じ」は書籍に限ったことではなく、いろいろな事象や出会う人にも適用できることです。言いたいことは分かりますが、の次にある、その裏にある気質が「巧くない」とこうも残念さが誇張され特筆され心に定着するものなのかと、改めて気づいた、気づかされた一冊でした。その書籍と著者名はこのブログには書きませんが、書籍をつくる上で充分に注意しなければならない大切なポイント・テクニックなのですね。深い。