北欧テイスト

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 北欧テイストのデザインには独特のテイストがあり、「お洒落さ」や「いい感じ系」の代名詞のように捉えられてる。実際イケアの店内を購入目的でなくともぶらぶら歩いているだけで、不思議と心地いい気持ちになります。もう理屈や道理ではない「心地よさ」が北欧テイストのデザインにはあるのです。では、純和風と北欧風の違いは具体的に何だろうと考えてみると、配色だったりフォルムだったり機能性だったり、また、その組み合わせ方にポイントがあるようです。しかし、この部分についても明確に文字にして違いを列挙することは難しく、やはり、テイストやフィーリングなど非言語の部分で「どこか違う」としか解釈することができません。ヨーロッパやアメリカのデザインの歴史はいろいろな分析や書籍を読んでも体系化されていることが多く、「ああ、そうなんだ。」とデザインとその言語的評価を比較して、自分自身の自己評価と比較してきました。頭で考える部分と心で感じる部分なのでしょうが、この捉え方をしている段階ですでに頭で考えているわけですから、同じように北欧テイストの心地良さを分析・洞察するモードではないとなります。ただ、北欧風デザインを生み出している人にしてみれば恐らく「北欧風デザインをつくるぞ!」とは意気込んでいるわけではなく、自然体で心が感じた絵柄やフォルムや色彩を個々のテクニックで生み出しているだけとなるでしょう。本質の部分というか、先天的な生まれ持った感性に後天的な気質が融合しその独特のテクニックを得て、そこから生まれてこそ、はじめてテイスト感やフィーリングが醸し出せるという仕組みなのでしょう。
 2次元の世界から3次元の世界へ創造のステージを変える時にもこの本質と気質を充分に実感できていなければ、世の中に飽和する情報や数多のテンプレートにその本質や気質が影響を受け、本来のテイストへたどり着けないまま、中途半端なチュートリアルレベルの完成度に失速していくのでしょう。その失速感に支配されないように、独自のスタイルと感性で最後まで自分の狙い通りの成果物を生み出せるまで疾走するために、推進力としてのテクニックは必須となるのだと思います。
 実際、北欧テイストのデザインを自分のデザインの仕事に転用しようとしても、本質で受け入れられていなければ取り込めるはずはありません。恐らく、海外の方が日本のデザインや生活様式に無類の興味を持たれるのはその本質に心が惹かれている証なのでしょう。インターネットで世界が小さくなりこれまでの情報技術では知ることが触れることができなかったテイストを視覚的に聴覚的に知る機会が増えましたが、本質を感じ取る、つまり、その成果物が醸し出す空気感や作者の狙いを伝えるにはまだ微弱な伝達経路だと思います。目視し手にとり鼻で嗅ぎ耳で聞くことでしか本質のスイッチはオンにならないような仕組みなのだと思います。