ゴーンガール

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 まず、何故?フィンチャーは「ゴーンガール」だったのだろう。これが映画を観終わった時の素直な感想でした。この「何故?」の中には物足りなかったという実感も含まれているのですが、いやいや、あのフィンチャーの最新作品なのだから、「物足りない」と感じてしまう自分自身の鈍感さが問題で、もっとしっかり感じなければこの映画の本質は理解できない実感できないのかという感覚もある。映画の紹介情報を印刷物で確認すると「ミザリー」や「氷の微笑」が引き合いに出されていた。いずれも観ているのですが、これらの作品と比較すれば「ゴーンガール」の真価が実感できるのだろうか?とも考えました。

 しかし、まだ、確固たる分析もできないまま、やはり素人なんでしょう、物語の経過や主人公・登場人物の心理の経路を辿ることしかできません。もしや、フィクションのようなノンフィクションタッチを狙ったのだろうかとか?深層心理の探りあいが生み出す誤差みたいなモノと現実日常生活の隙間を描写したかったのだろうか?などとも考えていますが、まだモヤモヤしています。心から愛している最愛の人に対する想いと現実の違い。利己的な人間の本質が生み出す言動や行動の複雑さと予測不可能なパターンをフィンチャーはテーマに選んだのだろうかなどと考えています。複雑怪奇な映画でした。