陽気な1年に。

 昨日、テレビで「陽気な国ランキング」というアンケート結果を紹介していた。ダントツ1位はブラジル。なんかよく分かる。ブラジル人の友人はいないが、印象として陽気のカタマリのようなイメージです。アンケート結果も45%で、このブラジル人に対する陽気な印象は国際的にも確定事項なんだろう。陽気にもいろいろあるから、陽気だからなんだ?というひねくれた捉え方もできるが、私は陰気よりも陽気な方が好きですし、何事にも陽気で楽天的でありたいと思っていますから、ブラジル人の本質的な陽気さ加減が大好きですし羨ましい。

 一方、日本人はといえば、お約束の最下位で4%だった。恐らく下位だろうなとは思っていたが、最下位だとは、ちょっと、ショックでした。恐らく「勤勉」「実直」「まじめ」あたりの印象が日本人の印象なのだろうし、その評価というか捉え方は適正だと思いました。しかし、最下位なのです。この結果を陰気な日本人はテレビで見て、不思議ポジティブ思考に捉えて「陽気=無能」「陰気=有能」などという閉鎖的な断片的な方程式で捉えているから、気質・本質が世界的に「4%」という評価として数値化されているのでしょう。

 奇しくも昨日は私の51歳の誕生日でした。多くの方からSNSを通じて「お誕生日おめでとう」メッセージを頂いた。ほんとに嬉しい。あまりよく存じ上げない方からも頂いたが、やはり、うれしい。あるデータで世界中のサーバに保存されている一番多い言語は日本語だということらしい。ブログやSNSがそれほど活発だということだろう。対面ではないモニターや回線を介したコミュニケーションが本質的に好きだという証拠。私自身、8年ほど前からこのブログを初めて、顔の見えない方とのオンラインのコミュニケーションを実感したのですが、楽しいか?楽しくないか?で言えば楽しい。楽しいのですが、その楽しさは対面で馬鹿言い合う楽しさや、山や湖に出かけて仲間達と騒ぐ楽しさとはちょっと異質で、確かに楽しいのですが、心が震えないという実感があります。「言葉」は感情を適度に刺激はするものの、本質的に「入ってこない」曖昧なモノです。それを感情で捉えるものの、自身の感情も存在していない曖昧なモノなので、感情ゾーンの「楽しい」からレベルが上がらない。嬉しくて感謝しきりなのですが、心が震えないのです。

 逆に私も誰かに同じことをしているということなのですから、デジタル全盛時代のコミュニケーションテクニックは難しい。まぁ、などと独り言を言いながらも、この1年、できるだけ陰気な感情はオフにして、陽気な一年にしたものです。明るく元気で活動的な51歳にしたいと思っています。

 というか、この文面がすでに陰気ですね。陽気テクニックがまだまだ未熟・未開だということです。

 まぁ、「決定を下す必要のない時は、決定を下さない必要がある。」ともいいますから、陽気に捉えていきたいと思います。何事も本質的に。