103歳の芸術家。

 昨日、テレビに103歳の芸術家(書道家)の大おばあちゃんが出演しておられた。「こんにちは」と、ご自宅(工房)に芸能人がお邪魔すると玄関に、ガチのおばあちゃんがにこやかに登場。うん?この方が103歳?いやいや、この方は娘さんでした。そして、雰囲気漂う廊下を歩いて主人公のお部屋に入ると、しゃんと着物を着こなして103歳の大おばあちゃんが登場。

 聞けば、20代の頃、単身、ニューヨークに乗り込み書道芸術活動を展開しておられたらしく、その作品は日本国内はもとより海外の著名な美術館に多く所蔵されているらしい。ビートルズが来日した際、3日間宿泊したスペシャルスイートにこの大おばあちゃんの作品が飾ってあったことから、ビートルズの4名がいたくこの作品に感銘を受け、東京で筆を買って帰国したらしい。特にジョンは日本文化の魅力をその一枚の作品からインスピレーションを受けて、帰国しても書動に対する興味を高めていったらしい。

 また、毎日使っている巨大な硯があり、これは1100年代、中国の宋時代のものらしいとのこと。それを東京の画材屋で発見した大おばあちゃんはその硯を買いたい欲しいと店主にお願いされました。しかし、店主は看板アイテムだから売れないと言ったそうです。どうしてもあきらめられなかった大おばあちゃんは、「店主さん、硯というのは飾って鑑賞するものではなく、毎日、水を入れて墨をするモノですよ。このままお店に飾っておくだけではこの硯が可哀想です。大切に使いますから、譲ってください。」とおっしゃったそうです。うん、痺れる言葉です。

 それら一連のお話を普通にソファに座ってしっかりお話をされている103歳の大おばあちゃん。まだ、この時代に仙人と呼ばれる人が現存しているとしたら、恐らく、このような方のことを言うんでしょう。

 そのロケの中、最も印象的な言葉は「作品(書道)など自由でいいのです。伝わればどのような表現でもいいのです。作品を気に入って買って頂き、そのお金で芸術家は生きているのです。だから、芸術家は自由でいいのです。むしろ、自由でなければならないのです。」というニュアンスでした。この理屈も理論もすべて超越した言葉の爽快さ。こういう人生は素敵です。私はちょうどこの大おばあちゃんの半分の年齢です。51歳になり、世の中的には、様々な思考やベクトルが、沈静化・安定化に向かうのが常の年齢ですが、いやはや、51歳などただの折り返し地点だったとは。