友達承認。

 最近、SNS上のトラブルで多いのが「友達承認」による相互の誤解が招くビジネス上のトラブルらしい。相互に友達承認している関係だから、軽率に「良かれ」と思って判断して進めたことが相手側の不本意を招き、友達関係が破綻しビジネス上の関係も破綻するパターン。SNS上の承認破棄程度なら軽症だが、ビジネス上の契約問題まで発展すると、ただの不本意では済まない。いったいどこで関係が成立しなくなったのだろうか?とトラブルになり相談をする人が一様に然るべき相談窓口で口にするらしい。いったいどこで?って、逆にどこでそんな情報交換できる関係だと判断したのだろう?のほうが相談を受ける側の言い分だろうと思うのだが、さて、この顛末はどこで定着するのだろう?チャッピーなら知っている???

 私自身、SNSを通じて知り合った方に対して、対面でお話した人意外は「友達承認」をしない。SNSの黎明期には海外の人とインターネットを通じて知り合い、お互いの情報交換をするために、SNSの構造・仕組み上の「MATE」には承認して高揚していたが、真の友達だとは捉えていなかった。当然、相手も同じだろうと捉えていたが、その関係性が少しづつ情報交換を継続して続けていく内に、やぶの中の蛇になるのだろう。そもそも冷静に考えてみれば分かることが、ネットの世界は全てが仮想空間だから、リアリティーに欠け、実証不可能な世界なことを忘れ、気がついたら勇んでいるのである。電子署名などとデジタルで一見有効そうな仕組みを展開し、16桁のIDで認証し合う仲になったところで、さて、それが「友達」かと聞かれればNOである。これは誰も冷静になれば同感だろう。しかし、ネットの空間はこの冷静さをも巧みにすり抜ける機能が非常に高く、気持ちが緩んだというわけではないのですが、無防備になりやすく警戒すればするほど、ガードが下がる構造になっている。まして、スマホ片手に「いいね!待ちアレルギー」が慢性化していると、ノーガードに近い状態になる。猫のパンチでもノックダウンするぐらい無防備になっているから「友達同士!?」のトラブルが多いのだろう。

 そもそも、何がどうあれ、簡単に関係が破綻するような友達は誰もつくらないだろうし、そんな関係で友達と軽率に定義する人はいない。私の場合、友達ってのは、肉親より深い関係で、後ろからわき腹をナイフで刺され、振り向くと友達だった。しかし、意識が薄れていく途中でも、「ああ、こいつは何か理由があって私を刺したのだろう・・・」と思って息絶える関係が友達だと捉えている。だから、逆に私が友達だと思い込んでいる人は要注意。

 つまり、「友達」にもそれぞれいろいろな条件があるでしょうが、まずもって、友達って「承認」する存在ではないし、お互い承認し合う「友達」ってのもギコチナイ。まだまだ、インターネットは進化・覚醒し続けているようで、この程度のボーダー(境界腺)もクリアはできていないということ。まったく、ノー・ボーダー・オンザ・ホライズンってことなのですね。