2015年08月 アーカイブ

お仕事ランキング50。

 世の中にはいろいろな仕事ある。「機械に奪われる仕事ランキング50」って、現代はどういう状況なのか?機械はツールで人間の暮らしを豊かにするための存在が、仕事を奪うって、そんなデータをこのように収集してまとめる仕事も仕事だし、人間の思考・心理はいったい何層あるのでしょう?玉ねぎのように剥いて剥いて剥いて何もないのか?磨けば輝く宝石なのか?世の中にはいろいろな仕事ある。
 「グラフィックデザイナー・クリエイター」という仕事がこのランキングに入っていなかったことに、ホッと、胸をなでおろしている場合ではないにしても、機械に奪われたらどれだけ懇願しても返してくれそうにもないのが一番恐ろしい。人間相手なら「なんとかそれだけは勘弁してくださいよ!」とお願いすれば、「そうやな、お前さんも頑張ってやってきた仕事なんだから、今回は奪わないでおこう。その代わり一生懸命、天職を全うしてくださいよ」的な展開も期待できる。しかし、機械はスイッチを切るように、仕事を奪うんだろうな。まぁ、そうなったらなった時、別の仕事をすればいい。機械には想像できないような、機械の手が届かないような仕事をすればいいだけ。だって、変化することは人間の一番得意技なんだから。

 さぁ、次のブログで4,000本目。何を書こうかな?


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金太郎の相手は?

 auのCMネタが今後どのように展開するか?非常にどうでもいい疑問だが、すでにauの企画会議では確定しているはずだ。桃太郎にかぐや姫、浦島太郎に乙姫ならば、金太郎の相手は誰?それを推測できたから何がどうなるわけでもありませんが、興味本位とauとその広告代理店の戦略を予測するのは、つくり手として楽しい。auの狙いやCMのコンセプトはトヨタのCM以上によく分からない世界観ではあるが、金太郎の相手を予測してみたいと思います。

 ネットでこの辺をリサーチすると、白雪姫などの海外の「姫路線」やオチとしてお笑い芸人をキャラとして設定するプランなどを予測しているし、実際、有村さん、菜々緒さんとくれば、3人目はそれ相当の女優さんかアイドルでなければならない。仮にも天下のauのCMなのだから、絶対にランクを落とすはずがない。また、相手が金太郎であり浜田さんであることから、両者のバランスも考慮しなければならない。それらをすべてクリアした上で、視聴者・ユーザー・世間を納得させる設定でなければならないとなると、かなりその相手像は絞り込まれてくる。

 クリアする条件は3つ、何か日本の物語に登場する女性キャラで、誰もが頷ける女優さんで、金太郎(浜田さん)キャラとのバランスが考慮されているキャラになる。この条件で、安易にもクマの被り物をした渡辺直美さんが登場するはずもないし、ただの可愛い路線で白ウサギの佐々木希さんが登場するはずもない。

 そこで私の推測は、「真木ようこさんの雪女」である。恐らく、冬に向けてauが打ち出そうとするキャンペーンや商品企画と連携させて、浜田さんの金太郎を翻弄するのだろう。当然、姉御的にかぐや姫や乙姫を一括する路線を推測している。つまり、日本のエルサである雪女を設定して、ミュージカル風にオリジナルソングを捩じ込んでくるかもしれないと推測している。真木ようこさんにミュージカルのイメージが皆無だけに、が逆の狙い。恐らく、それはちょっと涼しくなった秋口に登場するのだろう。

 つくる人ってこんなくだらない推測や想定をしながら情報を集めています。一見、くだらないことの中にも本道・王道に繋がるルートがあるからです。むしろ、くだらないことの方が楽しく有意義で伸びしろが多かったりするものなのです。絶対解のみ共有することに翻弄されていると、自分だけの正解を見失います。それはつくる人にしてみれば、かなりの悲劇だと思います。

「SONG ONE」と「JUPITER」

 お盆休みはこちらの2本の映画を観ました。「SONG ONE」の制作費は7.5億円。一方、「JUPITER」は200億円。制作費用が映画作品の価値に比例しないことは言うまでもないが、自分本位に捉えると、心に響いたのは「SONG ONE」でした。
 当然、双方に世界のトップクラスの映画人が関わった作品であるにも関わらず、素人がそう捉えてしまうって、映画産業の難しさ、つまり、映画を観る人が多種多様であるゆえの難しさとなってしまうのです。7.5億円にしても、200億円にしても、まったく自分自身のビジネススタイルやポテンシャルとは無縁の蜘蛛の糸、いや、雲の上なので、大介、いや、次元の違う世界のお話とはいえ、映画ビジネスって難しんだ、成果物(プロダクト)をビジネスとして成功させるって、いろいろな条件や狙いの違いあって難しい世界だと思います。
 ただの素人映画鑑賞者でさえ、このような意見と思考が一人前にできてしまう以上、自身が鑑賞者、つまり、つくらない人から、つくる人へ移行した場合、同じ難しさに対面・直面するのだろと思います。多種多様なセオリーや法則の中に存在する定説を意識しながらも、自分の中だけにある意思や本質を尊重してこそ、つくる人の条件が整うのでしょう。

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◎映画「SONG ONE」

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◎映画「JUPITER」

 例えば「コンシューマ用途だけでなく、スマートフォンやタブレット端末が急速にビジネスシーンに浸透し始めています。インターネットに接続する機器として、紙書類に変わる社内情報伝達機器として、販売の現場をサポートする端末として、その可能性は大きく広がっています。では、こうしたスマートデバイスを自らのビジネスにどう活用すればよいのでしょうか。当セミナーではスマートデバイスの導入や活用範囲のさらなる拡張を考えている企業様担当者に向け開催されます。」という情報。すでに用意された「便利なツール」をコンシューマーからビジネスシーンへと強引にシフトチェンジさせようとする意図、そして、なにがなんでも紙から電子機器に目線を変えさせるための狙いを感じてしまうこの文章に、やはり、「ビジネスへの活用」という麻薬の強さを感じる。実際、アップル・ウオッチのことをほぼ指しているのですが、よくよく考えれば必要のないモノでも、文章で限定されれば、踏み込まされてしまう状況で、いかに自分の意思で踏みとどまるかが浪費と消費の境界線。

 最新のデジタルデバイスとて、つくらない人からつくる人に意識を移行できていれば、見極めも適正にできるのでしょう。何事も始めることは簡単です。しかし、続けることは難しい。そして、最も難しいことは終わらせることなのです。

 映画「SONG ONE」のラストカットが今でも目を閉じると鮮明に浮かびます。

 終わりは始まり、始めることとは終わらせることなのです。

6度目の富士山。

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 天気予報は雨60%でしたが、雨はなく冷たいガス(霧)が序盤戦ではたちこめていました。そこから7・8合目と後半戦は青空となり無事6度目の富士山登山は終了しました。

 結果、今回も疲労困憊のためお鉢巡りは断念しましたが、山頂の青空は心地よかったです。これで一旦富士山は卒業し、次は山の美しい風景をもとめ上高地に行きたいと思っています。体力・思考力・精神力、いろいろな自分自身の限界を教えてくれた富士山に感謝したい。51歳、今後、体力や精神力が格段に覚醒し上昇する予兆・予定はないが、もし、次の機会、何かのめぐり合わせでタイミングが合えば、ここを1周したいと思っています。

富士山。

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 昨日、ご好意でいただいた富士山の写真。平塚市からの富士山はこうなっているのです。アタックは金曜日(14日)の午前4時。どうやら天候は雨のようですが、逆にその方が気温の低下が軽減される。問題は風。歩行もまともにできないような昨年の強風は辛いが、それでも昨年は山頂に立てたので、心地いい雨であることを期待するばかり。ただ、昨年のあの強風と雨の状況で山頂に到達できたことと今年の状況を比較してはいけません。何事も奢りは禁物。昨年は昨年、今年は今年なのです。それが自然、それが山なのです。昨年にもまして入念にトレーニングもしましたし、どうしても股関節が中盤戦で痛くなるので、昨年の5回目アタック後から、ほぼ毎日、股関節のストレッチは欠かしていない。さらに今年は3週間ほど前から人生2回目の禁煙をして望む体制です。山頂で必ず一周して(お鉢巡り)降りてこようと思っています。人生6回目(6年連続)の富士山アタック、自分がどう対峙するのか楽しみです。

禁煙10日目。

 今日で人生2回目の禁煙10日目。意外と普通に禁煙できているのが不思議な感覚です。もっと、イライラしたり、軽い禁断症状が出てしまったりするのかと思いきや、10日前に禁煙した時にタバコは10本ほど残っていたそのままの状態で普通に仕事机の脇に置いてある。それを見ても別に手は伸びないのが不思議です。意外なことがいっぱいの禁煙です。今のところ、富士山を降りてくるまで禁煙する予定ですが、この調子なら辞められるかもしれない。でもこの「辞められるかもしれない」という微妙なニュアンスが自身の中で好ましくなく、タバコを吸うことを悪いことだとはまったく捉えていないので、禁煙ができるわけで、なにがどうなってもタバコを吸わない人になるつもりはない。ということでこの人生2回目の禁煙にはそれ相当の訳があるため、それを達成できれば、あとはそのまま素直に喫煙を辞めるのか、大好きな長年親しんだタバコだから復活させるのかを考え決めたいと思っています。富士山下山後の5号目か2合目までその結論はお預けです。というぐらいの楽しい禁煙なのです。さて、こんな私、意思が強いのか弱いのか?

美しいニジマス。

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 なんとも涼しげな写真が山梨から到着しました。美しいニジマスさんです。ブラックバスと比べてなんとも上品で美人な魚ですね。ニジマス、いいないいな。

美味しいカルピス。

 ブログ記事4,000本まであと10本を切ったあたりから記事を書くことに構えてしまい、ちょっと、いつもより良い内容を書かねばなどと、「4,000本記事達成」に対して自分勝手にプレッシャーをかけている状況です。たかがブログ、されどなのです。いつもの感じで自由にお気楽に書いてきたつもりでも、やはり8年間っていう長さと4,000本という数は自身、それなりに意義として捉えている証なのだと捉えています。

 とはいえ、だから、気の利いたいこと、内容のあることを書きますよという意味ではありません。

 この猛暑の折、カミさんに「今年の夏はまだカルピスを買ってきていなので、そろそろ買ってきて!」と言ったらら、すでに水と混ぜてあるカルピスを買ってきた。いつもの原液は高ったのでという理由で。いやいや、安易なこの凶行に言葉を失う。

 えっと、すでに水で薄めたモノは正確にはカルピスとは言わない。何故、今もカルピスが原液で販売されているのか?人気があるのか?を少しだけ考えれば、カルピスを水で薄めた状態で買ってくることはありえない。メーカーの勝手な水との配分で薄められた原液が、それなりのパッケージに入れて販売されているのです。おかしい。通常、醤油やワインや出汁が同じことをされていればユーザーは怒るはずです。「勝手にパワーユーザーの美味しい配分を無視して水と混ぜないで!」と。カルピスも同じである。時には濃い目で飲みたい時、適量で飲みたい時、薄めで冷たく冷やして飲みたい時、たまには温めてホットカルピスで飲みたい時、牛乳に混ぜて、かき氷に原液をかけてなどなど、いろいろな楽しみ方が、すでに「水で薄めたカルピス」ではできないのです。

 また、カルピスには通常の白色と合わせて、グレープやオレンジなどがあります。これもやはり原液でなければなりません。グラスに大きめの氷を入れて、カルピスの原液を入れて、水を入れる。最初はちょっと濃い目だが氷が溶けて適量になり、最後は氷が溶け切り薄くなる。このグラスの中での微妙な変化こそが原液のカルピスの楽しみ方であり本来の美味しさなのです。グレープ味やオレンジ味などはそのバリエーションとして完璧な布陣なのです。

 つまり、人の味覚とは、他人に「はい、この割合で!」と決められる、決められては困るモノなのです。はい、この割合が美味しいからあとは冷たく氷を入れて飲んでくださいね!と言われても、原液と水の割合いをそっちで勝手に決定して、ユーザーが美味しいか美味しくないかについては考慮せず、あとは、冷たくするために氷を入れてくださいと言う。薄くなることは仕方ないというわけである。何やら、漱石の「硝子戸の中」を読んでいるからか、しょうもないこと、どうでもいいことにイチイチこだわってしまっている。恐らく、もうすぐに入手する又吉さんの「火花」を読むためのコンディションづくりだとも言える。

 と、カミさんに「カルピスの美味しさ」について長々と伝えたら、「分かった分かった!次はちょっと高いけど、原液を買ってくるわ!」とちょっとキレぎみだった。美味しいカルピス、カルピスの美味しさを知っているのと知らなないだけで、これだけの価値観に意思決定に格差が生まれるのです。悲しい現実です。

 早く美味しい本来のカルピスを飲みたい。(ブログ記事4,000本まであと8本)